塵芥のアッシュ
第六回(イブラシル暦685年8月)
バルバシア第二砦


「はぁ、はぁ…」
近くで息切れが聞こえる。木陰に身を伏せながら、トカイは胸に手をあて、必死に 動悸をおさえようとしていた。
私に抱きかかえられたエフィルが、窮屈そうに身じろぎをした。それを必死におさ え つけ、私は木陰からそっと、顔を出した。
その先には六人のバルバシア兵がいた。周囲を偵察するように視線を配っている。 やがて地面を見ていた一人が立ち上がり、
一方を指差した。彼らは、そちらの方へと消えていった。
「ふぅ…」
一気に体の緊張を解く。私が手を話してやると、エフィルは私の体を突き飛ばすよ うに離れていった。
「なんとか、凌ぎきることができたようだな…」
同じく木陰に隠れていたトカイにうなずく。その側では、彼の相棒である女弓使い のミーティアが、地面に座り込んでいた。その息は
かなり荒かった。

自己紹介が遅れたが、私の名はアッシュ。
バルバシア兵士に殺された上、生前の体を焼き尽くされ、その燃え残った灰が不思 議な力で動き意志もあるという、変わった体をしている。
パートナーのエフィルと共にアムスティアへと旅していた私は、そこでこのトカイ とミーティアの二人に出会った。

「ふぅ……」
ミーティアも体を起こし、首筋に浮かんだ汗を拭ぐう。そこに、トカイが声をかけ た。
「大丈夫か?」
「当たり前よ。馴れ馴れしく触らないで」
つっけんどんに返した。二人で旅をしているわりにこの二人は仲が悪い。トカイは ともかくミーティアの
方が、一方的に
避けている感じだ。
その口調にトカイは、かすかに眉根を寄せて気を悪くしたようにして、後頭部をか いた。
だがすぐに表情を戻し、こちらを見た。
「正面突破を避けて山道を選んだとはいえ、やっぱこっちにも見張りがいるな」
「そうだな。これからは慎重に行ったほうがよさそうだ」
受けて言うと、トカイもうなずいた。
「そうしよう。じゃあ、回復したら出発だな」
「私は、もう回復してるわよ」
ミーティアが、明らかな強がりで言った。
トカイは肩をすくめた。

「俺が疲れているんだよ。あと、エフィルもな」
「…………」
一番小さな体で、エフィルは荒く胸を上下させていた。それを見てミーティアも黙り込んだ。息を大きく吐 いて、そのまま地面に座り込んだ。

トカイとミーティア。この二人もディアスからの冒険者だった。目的は不明だが、 とりあえずアムスティアを目指しているらしい。


私達は全員の回復を待って、ふたたび山を登り出した。


「あぁ、もう! うっとおしい!」
とうとう我慢できなくなったのか、ミーティアがわめいた。頭を振って、髪につい た木の葉を振り払う。
「なんでこんな歩きにくいのよ!」
「誰も通らない山なんだ。仕方ないだろ?」
トカイが諭すように言った。
「それと騒ぐな。敵に気づかれる」
「こんな所、私達意外に誰がいるっていうのよ!」
ミーティアの癇癪を、トカイは耳をふさいで耐えた。
「ミーティア、まじでやめろ。敵に気づかれる。…それにさっきからエフィルだっ て 我慢しているんだぞ?」
と言いながら、私に手を引っ張られて段差を登っていたエフィルを指差した。エ フィルは会話を聞い ていなかったのか、
不思議そうな顔で二人を見返していた。
「………わかったわよ」
そんなエフィルの姿を見て、ミーティアがこぼした。そっぽをむいて、黙々と歩を 進 める。トカイは少し
嘆息してから、
手を差し出した。
「ほらよ」
ミーティアはトカイの手を払いのけた。
「…これぐらいの段差、一人で登れるわよ!」
矜持の高いミーティアに、トカイは小さく嘆息した。
「……なによ?」
「何でもないよ」
トカイは足を踏み出した。一瞬ミーティアは柳眉を逆立てたが、特に何も言わな かった。
「あの二人……仲が悪いね」
そばでつぶやいたエフィルにうなずく。単純に仲が悪いというよりは、やはりミー ティアが一方的にからんで、それをトカイが相手にしないといった かんじだ。
こんな二人がなぜPTを組んでいるのか、少し不思議だった。あまり詮索するのは 少し無遠慮なのだろうが、後でそれとなく聞いておこう。

しかし――ミーティアも言ったが、この山を登るのは確かに重労働 だ。通る者がい ないためにどこにも道はない。
そこかしこに伸びた草木は足にからみつき、平らな地面を探すほうが難しい。季節 が8月と真夏なのも災いした。
草木がちょうど
成長期真っ盛りなこの時期は、茎が強く背が高い。 高く伸びた木の木陰があると はいえ、真夏の陽
射しは熱く照りつけ、湿度が高く蒸し暑い。

(これで弱音をはかないエフィルは、大したものだ)
かすかに息を切らせながら、私達の最後尾を登っていくエフィルを見ながら、私は 感心した。
彼女にとっては、地面を登っていくよりも空を飛んでいったほうが楽だったと思 う。しかし空を飛べばバルバシ
ア兵に見つかりかねないことと、
木々のせいで互いの姿を見失った り、いざという時に合流できない可能性を考え、 やめておいた。
そのまま、丸一昼夜私達は歩き続けた。途中、沈黙が我慢できなくなってミーティ アが何度かわめいたが、それを適度に
あしらって、夜になった。


私達は野営をとることとなった。
「さて……ここがいいかな」
辺りを背の高い草に囲まれた、周囲からは見えないところを見つけ、トカイが言っ た。私た ちもうなずく。
「火はどうする? 敵に見つかる可能性もあるが」
私がたずねると、「うーん」とトカイは少し難しい顔をした。
「確かに周囲から目立つけど……な。獣や虫も心配だ。さいわいここなら光も漏れ にくいし、今日は焚こうぜ」
「了解した。エフィル」
うなずき、エフィルは枯れ木の上に、炎を呼び出した。彼女が戦闘時に呼ぶのは活 力を奪う紫色の炎だが、今のは赤色で、
普通の炎と変わらず熱がある。彼女の炎は、どうやらある程度調節が利くようだ。
「それでは、薪を拾いがてら、周囲を見回ってこよう。私とトカイ で行くから二人 はここで待っていてくれ」
エフィルとミーティアの二人はうなずいた。その場に腰をおろす。
「それじゃあ行こうぜ」
「ああ」
どちらともなくうなずき、私達は歩き出した。



二人になるなり、トカイが言葉をかけてきた。
「すまんな、アッシュ」
「何がだ?」
怪訝に私は聞き返した。
「ミーティアのことだよ。騒がしかっただろう?」
「――まぁな」
少しの苦笑をにじませながらうなずいた。だが心の底で言えば、まだかわいいもの だと思う。
「ずいぶんと矜持が高いんだな。元はお姫様か何かか?」
冗談のつもりだった。
だが、トカイは口元に笑みを浮かべて、「ご名答」と 言ったので、私は少し驚いた。

「元は、アデンの貴族の娘なんだとよ。けど父親が不正で捕まってしまって没落し てしまったらしい。イブラシル大陸に来たのは、
バルバシア打倒に貢献して、お家を再興するためなんだとさ」
「……健気だな」
「性格はちょっとあれだけどな」
トカイは失笑を浮かべた。不思議に思って、私は彼に訊ねてみた。
「それでなんでまた、彼女と一緒にいるんだ? 元は使用人か何かなのか?」
「いや。ミーティアとは、ランダムパーティで偶然仲間になっただけの仲さ。他に もいたんだけどな…」
バツが悪そうに、トカイは頭の後ろをかいた。
「逃げられたのか」
「そんなところ。と、少し話しすぎてしまったな。ミーティアにばれたら大目玉を 食らってしまう」
トカいはそう笑ってから、歩き出した。私も彼の後ろにつき従う。
「お転婆だけどな。いい部分もあるんだよ。二割か、一割か、知らないけどな」
私は独白には応じず、彼の後ろをついていった。



一方、そのころ。


中央に焚き火を囲んで、エフィルとミーティアはむかいあって座っていた。
最初は一言も会話をかわさなかった二人だが、やがて、ミーティアの方が沈黙に耐 えられない形で、
エフィルに話かけた。
「あんた、さ。本当に何も喋らないのね」
「……そうかしら?」
首をかしげて、エフィルが訊ね返した。
「黙っていると息苦しくない?  私は一人でも悪態ついていないと気がすまないわ」
「そこまで喋っていて、よく疲れないと私は思うけど」
「疲れないわね。むしろその方がスカっとするわ」
ミーティアは言い放った。エフィルは何も返さず、無言だった。そのせいで会話が途切れた。
しば しの空白の後、再度、
ミーティアから口を開いた。
「あのアッシュって男もそうだけど……あんたも変わっているわよね」
「…そうかしら」
エフィルは首をひねった。だがミーティアは否定せず、うなずく。
「絶対そうよ。変わってるって。…ま、私もトカイも、人のこと言えないんだろう け どさ」
後半は独白するようにつぶやく。
「ね、私って、うるさいでしょ?」
訊ねると、エフィルは即座にうなずいた。「あんた正直ね」、あまりの早さに、 ミーティアは呆れながらつぶやいた。
「自分でも、ちょっとは自覚しているんだけど……。どうもねぇ……『その時』に は気づかないって言うか、思った事が
勝手に口からでるっていうか……言っちゃうと、もう前言撤回するのも癪だし さぁ」
――なら言わなければいいいのに、とエフィルは思った。当然、口には出さない が。
そんなエフィルにかまわず、ミーティアは続ける。
「やっぱり、昔の癖が抜けないんだろうね。少しはマシにはなったと思うけど…… まあ、前のあいつらが逃げちゃうのは
仕方ないのかな……」
ミーティアは小声で呟く。すでに独り言と化していることを察して、エフィルは 黙っ ていた。
「でも、一番変なのは、トカイよね………。なんで、あいつだけ逃げ出さなかった んだろう……」
膝を抱えて、ミーティアは宙に呟いた。




私とトカイが薪を抱えて戻ると、二人は無言で火を囲んでいた。どうやら共に、大 人しく待っていたらしい。
ミーティアはトカイの顔を見るなり「遅い!」と文句を言った。それにトカイは 「はいはい」と軽くあしらい、
相手にしなかった。
その後、見張りを交代に立て、私達は眠りについた。



.....次回へ。

○あとがき○

ふぅ、遅くなりました……

最近、忙しくなり始めたこと、それと実は一度書き上げた作品がボツとなったの で、
今ようやく完成しました。
元々のコンセプトは「機械兵」だったのですが、内容が暗すぎる、ということで却 下しました。いつか微妙に
変えて出すかもしれませんけど。
そして、今回のミーティアとトカイに関しては特に無し。時間が無いということで 即興 です。(ぉぃ
最初はとてつもなく救いの無いバッドな話を書くために、この二人の設定を考えた のです が、そっちは(多分)ボツにして、
普通の話に仕上ようと思います。

Ashですが、プレイヤーの都合により、今週はまだ第二砦に留まります。トカイ 達との旅の続きも、来週に
まわすつもりです。

よければまた、のぞきにきてください。


>最近、週一更新がきつくなってきました…(汗



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