塵 芥のアッシュ
第五回
生く者達の協奏曲コ ン ツェルト



背後に迫り来る敵の気配を感じながら、彼らは背を向けて必死に 走っていた。
 
追いすがるのはバルバシア兵の一部隊。下級魔術師や重装騎兵を含む その
 
一隊は、さきほどから軍靴の音を響かせて、彼らの背後へ迫ってき ている。
 
「くそっ、きりがないな……!」
 
必死に駆けながら、背後を振り返って剣士のオージスは吐き捨てた。 そして先
 
頭を走る一行のリーダー、女魔術師のアエリスに言葉を張り上げる。
 
「おい、アエリス! 逃げるより戦った方がいいんじゃないか?!」
 
「…うっさいわねぇ、オージス!」
 
その問いを一蹴し、アエリスは吐き捨てた。
 
「あんたも見たでしょ?! 魔術師のサンダー・ストームで焼き尽くされた先行
 
グループ!あたしはまだ、死ぬのはごめんよ!」
 
「だからって敵に背を見るのかよ?! 敵との数は互角だ、負けるとは限らな
 
いだろ!」
 
「だからって私はごめんよ! いきたいならあんた一人でいきなさい!」
 
アエリスは声を張り上げながらオージスに言った。それに憮然とした 表情で押
 
し黙るオージスの肩に、背後から誰かが軽く手を置い た。
 
「ここは、アエリスに従おうぜ。あんなお転婆でもうちのリーダーな んだしよ」
 
「ロジット……わかった」
 
「お転婆は余計よ!」
 
声を張り上げるアエリスを無視し、オージスは盗賊のロジットの言葉 にうなずく。
 
そして意図的に減速し、一行の最後尾を走る、女僧侶のミスティンの 隣になら
 
んだ。
 
「ミスティン、大丈夫か?」
 
「はい、…オージス、さん」
 
肩を荒く上下させながら、ミスティンは答える。その拍子にずれた眼 鏡を、杖を
 
握っていない左手で戻す。
 
頬をかなりの量の汗がつたっていて、表情からしてつらそうだ。
 
「こら、オージス! ミスティンを疲れさすんじゃないの!」
 
「ただ心配しているだけだろうが!」
 
そこに叫ぶアエリスに、大声で返す。そして、前方を駆ける仲間達を 見た。
 
オージスのパーティは、女魔術師アエリス、盗賊のロジット、戦士の ドームに、
 
歌い手のアーロン、そして女僧侶のミスティンに、剣士のオージスを含む六 人だ。
 
彼らはカタコンベ地上を、噂のハナゲソルジャーに出会うことなく、 無事通過す
 
ことができた。そこで現在バルバシアの占領下にあるという港町アムスティ ア
 
に行くために、バルバシアの第二砦付近を通りかかったのだが、そこで先行す
 
冒険 者グループがバルバシアの一隊によって撃退される光 景を目にした彼
 
らは、ティ ターニアに引き返すことを決めた。
 
だが運悪く、そこで別の一隊と遭遇。退くか戦うかというところで、 アエリスが即
 
刻、撤退を決めた。
 
そして今にいたる。アエリスの判断がはやかったこと、最近ここを 通ったばかり
 
で地の利があることもあって、現在彼らとバルバシア兵との間にはかなりの 距
 
離がある。足場の悪い岩場を走っているせいで、敵の重装騎兵がうまく機能し
 
ていな いのも理由の一つだ。
 
「それにしても、しつこいのぅ……」
 
背後をちらりと振り返り、戦斧をかついだ老兵ドームがぼやいた。た し かに、もう
 
そろそろティターニア領に入ろうかというところにも関わらず、敵に追跡をやめ
 
る 気配が無い。
 
「ボク……そろそろ、きつくなってきました……」
 
その傍らで弱音を吐くのは、歌い手の少年アーロン。それにドームが 言葉をか
 
ける。
 
「アーロン、もう少しの信望じゃ。がまんせい」
 
「はい……」
 
力なくうなずく。その顔面は蒼白で、かなり消耗していることがわか る。それ
 
はオージスの隣のミスティンも同じで、口に出してこそ言わないが、実際は
 
かなり きついのだろう。そんな二人をちらりと振り返って、 アエリスは唇をか
 
んだ。もうすぐ ティターニア領。そこまでいけば、おそらく敵も追っ てはこまい。
 
だがそれまで、ミスティンと アーロンがもつか。
 
(どうする――?)
 
自問する。周囲を探すが、うまく六人が隠れられる場所は無い。なら ばミス
 
ティンとアーロンをおいて、残り四人が囮になるか――いや、人数が減った
 
ことに気づ かれたら、よけいに二人が危なくなる。
 
ここは立ち止って戦うか、それともこのまま逃げ続けるか。二つに一 つの選
 
択肢に、アエリスは杖を握る手に力を込める。
 
その時――
 
「……え?」
 
彼女の視界を、黒い影が覆った。呆けた表情で、頭上を見上げる。
 
そこには、青空に黒く大きな翼を広げる、有翼人の少女がいた。その 突然
 
の出現に、アエリスを含め、仲間達も足をとめる。
 
「あなたは…」
 
「……こっち」
 
見つめられる中、少女は小さくつぶやくと、翼をはためかせた。そし て飛び
 
去り、六人を一方に誘導する。
 
「なんだ、今の子は……? アエリス?」
 
オージスが見ると、アエリスは立ち止って、飛び去っていく少女の背 中を強
 
い視線でにらんでいた。そして、仲間達を振り返って、言った。
 
「あの子についていきましょう!」
 
「お、おい、信用できるのか?!」
 
「信用できるんじゃない、信用するの! 大丈夫、私の勘が言っている!」
 
「どんな理屈だ、そりゃ?!」
 
たまらずオージスが叫ぶが、それに一切かまわず、アエリスは駆け出 した。
 
黒い翼の少女は一瞬振り返って満足げにうなずくと、飛ぶペースをあげた。
 
さらにアエリスに続いてドームが駆け出し、ミスティン、アーロンも 続く。一人
 
ためらうオーキジスの肩を、再度ロジットが叩いた。
 
「行こうぜ。うちのお姫様の決定だ」
 
「だけど……」
 
「大丈夫、リーダーの勘を信じようぜ。俺が言うんだから間違いな い」
 
「……それが、カジノで有り金全部スッたやつの台詞か?」
 
言うと、ロジットは「これは一本とられた」と、額に手を置く。だ が、次には
 
瞳には真剣みを帯びて、
 
「このままでは、アーロン達がもたないかもしれない。賭けにはなる が、
 
あの子とリーダーについていくのも手だ」
 
という。それにオージスも力なくうなずく。
 
「……従うよ。うちのお転婆お姫様の決定だ」
 
そしてオージスは駆け出した。ロジットもそれに短く笑んで、彼の後 を追う。
 
ほどなくアエリス達に追いつく。すると先行する少女は、曲がり角を 曲がり、
 
背後のバルバシア兵から直接姿が見えなかったところで翼をたたむと、
 
近くの大きな岩 場の陰に降り立った。
 
そして、アエリス達を手招きする。
 
「こっち」
 
「……? そんな岩場じゃ、隠れるのは三人がやっと……」
 
オージスは訝しむが、少女は、岩場のかげへと消えていった。それに アエ
 
リス達が追従したので、仕方なく追いかける。
 
そして最後に岩場の角を曲がったところで、ぎょっとなって立ち止っ た。
 
目の前に、全身を厚布で覆い隠した不気味な男が、腕組みをして仁王立
 
ちしていたからだ。
 
男は腕組みを解くと、足もとを指差す。
 
「この穴に入れ。中に隠れられる」
 
たしかに、男の足もとには人一人が入れるぐらいの大きさの穴があっ た。
 
中は暗澹としていてよく見えないが、ぼんやりとエコーのかかったアエリス
 
達の声が聞こえ る。
 
オージスは男にうなずくと、意を決して穴に入っていった。小さな足 がかり
 
をたよりに、一段一段、下へとおりていく。と、突然、上空の明かりが轟音
 
とともに途絶え た。
 
「なんだ?!」
 
閉ざされた視界に声を張り上げる。狭い空洞内に、何十にもエコーが か
 
かった。すると、思いの他近くで、かすかな苦笑とともに答える声があった。
 
「入り口を岩でふさいでおいた。入り口を隠しておかないと、やつら に入っ
 
てこられるからな」
 
あの男の声だ。たしかに、理をかなった答えだった。オージスは、自 分が
 
無様に大声を上げたことと、それを見知らぬ男に笑われたことに、かす
 
かに赤面し た。
 
暗闇の中、仏頂面で穴をおりていくと、すぐに足が地面へとついた。 その
 
ままわき道にそれる。
 
当たりは完全に闇に包まれていた。周囲に人がいる雰囲気はあるのだ
 
が、それが誰であるかはわからない。不安げにあたりを見回していると、
 
あの男もおり てきて、声を発した。
 
「エフィル、灯りをともしてくれ」
 
「……わかったわ」
 
少女の小さな声が聞こえるとともにと、辺りが、紫色の変わった光に 包
 
まれた。見ると、あの黒い翼の少女が、手のひらの上に紫色の不気味
 
な炎を生み出していた。
 
そしてオージス達は、周囲の光景を見渡して息を飲む。
 
そこは、意外に大きな部屋だった。赤茶色の外壁につつまれ、細い通
 
路が左右にのびている。室内の壁の一方 には何かの壁画が描かれて
 
いて、同時に小さな 祭壇がもうけられていた。
 
「ここは……ティターニアの大カタコンベか?」
 
呆然とつぶやいたのは、盗賊であるロイド。トレジャー・ハントも幾 度か
 
手がけたことのあるという彼は、こういった遺跡など について博識だ。
 
それに、あの男が「おそらく」とうなずく。それにオーキスは息を飲 んだ。
 
「こんな遠くまで広がっているのか?……広いんだな」
 
ティターニアの大カタコンベ。噂には聞いていたが、ここまでとは。
 
唖然とするオージス達に、男は腕組みをして説明を始めた。
 
「おそらく上の穴は、通気口か、緊急用の脱出口だったのだろうと思 う。
 
野宿するための寝床を探していた時に、偶然見つけた んだ」
 
「ふ〜ん……」
 
その説明に、気のない相槌を打つ。それは男の言葉に興味がないと
 
い うより、周囲の光景に圧倒されたためだった。
 
カタコンベはつまるところ、宗教上の地下墓地でただの墓場だ。そこ に
 
描かれた壁画や祭壇はただ宗教上の理由によってそな えつけられた
 
ものにすぎない。
 
すぎないはずだが、そこにそれとしてある抽象的で叙情的なそれら は、
 
しばらくの間、彼らの視線をそれ以外のものから奪い 去った。
 
そうしてしばらく周囲を見渡していると、やがて視線を戻し、いちは やく
 
我を取り戻したアエリスが、男を振り返った。
 
「ありがとう。おかげで助かったわ」
 
そう礼を言う。それに「いや……」と男は首を振った。
 
「気にしないでくれ。困った時はおたがいさまだ」
 
「そうね」
 
男の言葉に、アエリスは嬉しそうに微笑んだ。
 
「自己紹介をしておきましょうか。私の名前はアエリス。そしてそっ ち
 
の子が――」
 
とアエリスは提案し、次々と仲間達の紹介をしていく。そして最後 に、
 
男にむかって促す。
 
「私はアッシュだ。その子がエフィル」
 
その問いに、男――アッシュは答えた。そして地面に腰をおろすよ う、
 
アエリス達を促す。
 
「すぐに奴らがこの場を立ち去るとは限らない。しばらくここでほと ぼ
 
りをさまそう」
 
その言葉にうなずき、8人はその場で座り込み、円を組む。そして全
 
員が座るのを確認して、アッシュという男が訊ねてき た。
 
「君達は、アストローナの人間かな? かすかにそれっぽいなまりがあ
 
るように思うのだが…」
 
その言葉にアエリスがうなずく。
 
「ええ、そうよ。そういうあなたもね?」
 
「ああ。もっとも、この子は違うのだが」
 
そういって、アッシュはかたわらで座るエフィルという少女を見る。 エフィ
 
ルはそれに反応することなく、淡々とした表情を浮か べている。
 
その仕草にアッシュはかすかに苦笑いを浮かべて、アエリス達を振
 
り 返った。
 
「それで、君たちはアムスティアの方からきたようだが……あの街は
 
今どうなっている?」
 
「残念ながら、俺達はあの街にまでいってねぇんだ」
 
次に答えたのは、盗賊のロジット。その場で肩をすくめる。
 
「俺達がいったのは第二砦の手前まで。そこであの部隊に出会って な。
 
尻尾を巻いて逃げ帰った、ってわけだ」
 
「ふむ…そんなに、やつらは強いのか?」
 
「強いわね」
 
その問いに、アエリスが即答する。
 
「私達は、他の冒険者グループが戦っているのを見ていたんだけ ど……
 
正直圧倒的だったわ。
 
出会い頭に全体魔法をくらってしまって、パーティはそれだけで半 壊。
 
その後は重装騎兵やら重装兵やらが追い討ちのパ ワー・ストライクやら
 
何やらを放って、 あっさりと各個撃破されていったわ。作戦ミスっての も
 
あったんでしょうけど、ほとんど秒殺 よ」
 
「……そこまでか……」
 
「…ひょっとしてあなた達も、アムスティアにいくつもりなの?」
 
眉根をひそめながらのアエリスの問いに、男はああ、とうなずく。そ れ
 
にアエリスは首を 振った。
 
「余計なお世話かもしれないけどね。やめといたほうがいいと思う よ。
 
二人旅なんでしょ? 1個小隊と出会ってしまった らそれこそ勝ち目が
 
無いし、なんとかそ れらをかわしていこうとしても、かりにも砦のそばを
 
通るんだから、まず間違いなくどこかで 戦いになる。その時きり抜けら
 
れるかどうかは怪しいものよ」
 
「………ふむ」
 
「それとも、何か早急にアムスティアに行きたい目的でもあるの?」
 
「いや、そういうわけでもないのだが」
 
首をふる。ただ彼も、バルバシアの占領下にある街がどのような状況
 
 なのか、興味があっただけだ。
 
「それならやめといた方がいいと思うわよ。悪い事は言わないし」
 
「………」
 
アッシュはそのアエリスの言葉にうなずくでもなく、沈黙した。何か を熟
 
考しているようにも見える。
 
と、不意にロジットが立ち上がった。そして頭上の入り口を見上げる そ
 
の仕草に、オージスが問いかける。
 
「どうしたんだ? ロジット」
 
「あぁ、もういいんじゃないか、と思ってな。上の気配がなくなっ た」
 
「ふむ。そうだな」
 
その言葉に、アッシュとかいう男も立ち上がった。そして、入り口を また
 
登っていった。最上層にまでのぼり、慎重に、音がな らないようにフタを
 
開ける。そ の後ろに続くオージスは、徐々に差し込む光に眩しそ うに目
 
を細めた。
 
やがて、岩が完全に取り除かれる。そしてオージス、アッシュの二人 は
 
仲間達をその場に押しとどめ、岩陰からあたりを見回 した。
 
「敵は……いないようだな」
 
「そのようだな」
 
オージスの言葉に、アッシュはうなずいた。
 
そして背後を振り返り、残りの仲間達を手招きする。
 
地上へと再びでてきたアエリス達は、外に出るなり、大きくのびをし たり、
 
深呼吸をしたりと大いに羽をのばしている。
 
カタコンベの中は八人が留まるのには十分な広さだったとはいえ、淀 ん
 
だ空気に薄暗い室内にいては精神的に気が滅入るのだ ろう。
 
(…それらを感じないのは、私だけか)
 
アッシュは腕組みをして、羽をのばすオージス達を見た。
 
と、そこへエフィルがそばによってきた。彼女はしきりに翼をはため かせ、
 
自分の背後や髪を気にしている。
 
「ね、アッシュ」
 
「ん? どうした?」
 
「埃とか、ゴミ、ついていない?」
 
訊ねられて、アッシュは彼女の背中、髪、翼などを見てまわった。だ が特
 
に何も見つからない。
 
「ついてないぞ」
 
「そう?」
 
そう言ってやるが、それでもまだ気持ち悪そうに、髪を手ぐしでとい ている。
 
彼女がかなりの綺麗好き(アッシュ主観)なのは、こ れまでの旅で知って
 
い る。
 
と、そこへ眼鏡をつけた女僧侶、ミスティンがエフィルの背後まで 寄って
 
きた。そして彼女の髪の下に手を伸ばし、まさぐる。 やがてそこから、枯
 
れ葉の切れ端を一つ 取り出した。
 
「ついていましたわよ」
 
そういって、邪気の無い笑みでにっこりと微笑む。その笑顔にまるで 毒
 
気を抜かれたように、エフィルは固まった。
 
「エフィル」
 
そこをアッシュにうながされ、エフィルは小さく礼を言った。「どう いたしま
 
して」とミスティンは口元をほころばせる。
 
そこへ今度はアエリスがやってきた。腰に手をあててアッシュに問い か
 
ける。
 
「あなた達、お昼ご飯は食べた?」
 
「は?……いや、まだだが」
 
アッシュの答えに、アエリスは満足げにうなずく。そ して提案した。
 
「それなら、一緒にとりましょう。そろそろそんな時間でしょう?」
 
「え? いや、私達は……」
 
それにアッシュは言いよどむが、そこに有無をいわせず、アエリスが 腰
 
の皮袋を手渡した。
 
「はい。これで水をとってきてね。場所はアーロン、ロジットも一緒 にいか
 
せるから、彼らに聞いて。あ、それと薪もよろしく」
 
「いや、だから私らは――」
 
「エフィルさんはこちらへ。調理の方を手伝ってくださいね」
 
と、ミスティンがエフィルの手をとり、強引に連れて行ってしまっ た。
 
アッシュは嘆息する。
 
「……わかった。ごいっしょさせてもらおう」
 
「お願いね」
 


「フン!」
 
ドームが豪快な掛け声とともにナタを振り下ろし、干し肉を切り分け てい
 
く。彼は昔、肉屋につとめていた経歴があるらしい。
 
「親父、はりきってんなぁ……」
 
オージスはそのドームの様子に、小さくつぶやいた。その手がアエリ ス
 
によってたたかれる。
 
「ほら、手を休めない」
 
「……わかったよ」
 
かすかな手の痛みに小さく顔をしかめながら、不承不承うなずく。そ し
 
てアエリスとともに、かまど造りを再開した。
 
アッシュ、アーロン、ロジットはアエリスの言葉どおり、水と薪を集 めに
 
いった。ドームは肉を切り分けており、エフィルとミ スティンの二人は仲
 
良く料理の下ごし らえをしている。先ほどから、料理をあまり知らない らし
 
いエフィルに、やんわりと教えていくミス ティンの楽しそうな声が聞こえてくる。
 
「あらあら、エフィルさん。筋がいいですね。ちゃんとうまく斬れ てますわ」
 
「……そうかな?」
 
「はい、それはもう。でも、まな板まで両断する必要はないので、も う少し加
 
減しましょうね」
 
「……わかった」
 
「それと、調味料はもう少し控えめにしまそう。体に 悪いですからね。さすが
 
に小瓶半分は、いれすぎですわ」
 
「………」
 
そのやりとりに、びくりと二人は動きをとめる。そして ぎこちない顔で互いを
 
見た。
 
「な、なにができるのか楽しみねぇ、オージス」
 
「そ、そうだなぁ、アエリス……」
 
どちらも笑みがひきつっている。そして、ぽそりとアエ リスがつぶやいた。
 
「私も、手伝いにいこうかしら……」
 
その言葉に、オージスはびくりと反応する。
 
「そ、それだけはやめろ!」
 
「え? なんでよ。このまま二人にまかすのは、あなたも心配でしょ?」
 
「い、いや、たしかにそうだけど……いや! やっぱここはあの二人を信じ
 
よう!なに、ミスティンならうまく仕上げてくれるっ て!」
 
「でも……」
 
なおも言いよどむアエリス。その肩を、がしりとつか み、オージスはアエリス
 
の目を見ていった。
 
「仲間を信じるのは、大事だ」
 
その瞳には、これから起こりえるかもしれない未来に対 する、かすかな怖
 
れが浮かんでいた。
 
そんなことは露知らず、アエリスはオージスの迫力に負 け、「そ、そう?」と
 
うなずく。そして上げようとしていた腰をおろした。
 
(ふぅ……ミッション・コンプリート…)
 
表情に安堵をにじませて、内心つぶやいた。額ににじん だ汗を拭う。
 
「オージス? 顔色悪いわよ?」
 
「な、なんでもない。 はやく仕上げるぞ」
 
そう言って注意をそらし、かまどを積み上げる作業を再 開する。
 
本来、一人でも簡単に仕上られる仕事なので、作業は簡 単に終了した。
 
オージスは立ち上がる。
 
「それじゃ、俺は親父の方を手伝ってくるから、お前は かまどの番を頼むぞ」
 
「はーい」
 
アエリスはうなずく。食事時の彼女の役目は、かまどの 積み上げ(それも最
 
低一人の監視つき)と、
 
拾ってきた薪に魔法で火をつかえる役目(できるだけ付 き添い多数)、それ
 
と、火を絶やさないようにする監視役(と見せかけて、 実はもう一人が本当
 
の監視役)。だが、誰かが薪を拾ってくるまでは手持ち ぶたさになる。
 
「あらあら、エフィルさん。また砂糖とお塩間違えまし たわね。あ、だからっ
 
てお砂糖いれちゃだめですよ」
 
「……だめなの?」
 
「……」
 
背後でされるやりとりを見て、アエリスは沈黙する。そ して、重い腰を上げる。
 
(ここは、私がどうにかしないとね)
 
そういって決意を胸に、はしゃぐミスティンとエフィル のもとにむかう。
 
彼女は、自分が尋常でないほどの不器用さを手にしてい ることに、気づいて
 
いない。


ほどなく、水や薪をとりにいっていたアーロン、アッシュ、ロジットが戻ってきた。
 
「……って、なんで三人ともびしょ濡れなの?」
 
「アーロンが、川原で足をすべらせてな。そこでアッ シュと俺も道連れだ」
 
「すみません……」
 
ロジットの言葉に、アーロンは小さくなる。その肩を嘆 息しながら、アエリスは
 
ぽんぽんと叩く。
 
「いいから。ほら、上着をぬいで。私が魔法で一発で乾 かしてあげるから」
 
「え……?」
 
本人は親切なつもりの提案。しかしアーロンは口元をひ きつらせる。そこ
 
に慌てて、ロジットがわりこんだ。
 
「ちょっと待とうぜ。 そ、そんなことに一々魔法を使っていたらMPの無駄
 
遣いだろ? ここは、普通に火にあたろう。うん」
 
「そう? …まぁいいけど」
 

その後、それぞれ作業を分担し、調理をすすめた。その間、アッシュは
 
アエリスとともに火の番をわりあてられ、オージス、ロ ジットの二人から、
 
くれぐれも目を離さないよう、きつく言い聞かされた。 それが火ではなく
 
アエリスなのが、いささか不思議ではあったが。
 
「ところで、アエリス……」
 
「ん? なに?」
 
火に薪をくべるアエリスに、アッシュは声をかける。
 
「実は私もエフィルも、ちょっと特殊な種族でな。普通 の人間の食事は
 
食べられないんだ」
 
「へ? そうなの?」
 
アエリスの問い返しにうなずく。
 
「ああ、そうなんだ。だから私達の分の食事は、本当は いい」
 
「うーん…。ま、そういうことなら。あ、でも一応作っ ておきましょ。ほら、
 
なんだか私たちだけで食事するのも変だし、雰囲気って やつね」
 
「ああ」
 
それならばと、アッシュはうなずいた。そのアッシュ を、興味深げにアエ
 
リスはのぞき込む。
 
「ふーん、それにしても、普通の人間の食事を食べられ ないって……ど
 
んな種族なの? 体を隠すのもそれが理由?」
 
「ま、そんなところだ」
 
アエリスのぶしつけな質問に、アッシュは言葉を濁し た。アエリスは少し
 
気にかかったが、それ以上の追求をやめる。彼女も冒険 者。聞かず語
 
らずのルールは知っている。
 
ほどなく、調理を終えたロジット達も二人の周囲に集 まってきた。それぞ
 
れ焚き火を囲んだ思い思いの場所に座り、ミスティンと エフィルは、各自
 
のお椀に次々と料理をついで手渡していく。
 
「ところで、君たちはこれからどうするんだ?」
 
ミスティンからシチューらしき料理が入ったお椀を受け 取りながら、
 
アッシュが問いかけた。それに答えたのは、やはり一行 のリーダー、
 
アエリス。
 
「うーん、やっぱりティターニア方面ね。そこから山脈 を迂回してバーリー
 
要塞、ウィート監視塔跡を通っていくルートを通ろうと 思うわ。アムスティア
 
でバルバシアのやつらが何か企んでいる、って噂を聞い たから行っ
 
てみようと思っていたけど、命あっての物だねだしね」
 
「なるほどな……」
 
「あなた達もそっち方面にいくの?」
 
「……いや、正直に言うと、アムスティアに行こうかと 思っている」
 
「…へぇ?」
 
その返答に、アエリスは間の抜けた声を上げた。
 
「本気なの? 私の言ったこと、忘れたわけじゃないよね?」
 
「…ああ。だが、だめもとで行ってみるのもいいかもし れない」
 
「玉砕覚悟ってやつ? …今時流行らないと思うけど」
 
アエリスは、そう肩をすくめる。
 
「ま、止めはしないわ。あなたの命はあなたのもの。私 たちがとやかく
 
言うことじゃないしね」
 
「ああ。それに、勝算はあると思っている。人数が少な いなりに、有
 
利なことはあるはずだ」
 
語るアッシュに、アエリスはかすかに息を吐く。本音言 えば、あまり
 
無理をして欲しくはなかった。道すがら偶然出会っただ けの相手に
 
すぎないとはいえ、やはり一度出会ってしまった以上、 相手の身を案
 
じるのは人として普通のことだろう。
 
「ま、気をつけるようにね」
 
「ああ。ありがとう」
 
不器用に言葉をかけるアエリスに、アッシュは笑いかけた。フードの
 
奥で表情は見えないはずなのだが、彼の場合不思議と、 声色と仕草
 
だけでその感情が見え隠れするのだ。
 
と、そこへ各自にお椀を配っていたミスティンが、一人 考え込むように
 
腕を組んでいるロジットに気づく。
 
「どうかしました? ロジットさん」
 
「ん……いや、俺達もティターニア以外に、もう一つ選 択肢があるん
 
じゃないかな、と思ってな」
 
「え? アムスティアに行こうと言われるんですか?」
 
「いや、この下だよ」
 
そう言って、ロジットは自分の足元の地面を指差した。
 
「下……?」
 
「カタコンベか」
 
合点がいったと、オージスが答える。
 
「ご名答!」
 
ロジットは親指を立てて答えるが、そんな彼に、厳しい 視線が投げかけ
 
られる。
 
「…俺は、墓荒しなんて嫌だぞ」
 
「私もいや。なんか薄暗くてじめじめしてそうだし」
 
「私も気が進みません。穏やかに眠る死者達の魂を、わ ざわざざわめ
 
かせるなんて…」
 
反論してくる三人に、落 ち着くよう、身振りでしめす。
 
「まぁまぁ、ちょっと聞いてくれよ。カタコンベには、 歴々のティターニア
 
の王族が奉られているらしいんだ。中でもその最下層に いるのは初代
 
国王のオベロン王。……なんだが、ここ最近、このオベ ロン王が棺から
 
出て暴れまわっているらしい」
 
「アンデット…ですか?」
 
「ああ」
 
ミスティンにうなずく。
 
「"初代国王がアンデット化して暴れまわっているなん て、国家の威信に
 
関わる"、ということで、なんでもティターニアの女王 陛下やその側近は、
 
そのオベロン王を退治してくれる者を秘密裏に探してい るらしい」
 
「…なるほどね。って、そのオベロン王、なんで浄化さ れないの?」
 
「わからん。浄化できないのか、浄化されていないの か…ミレット山道の
 
東屋で聞いただけだからな。ティターニアまでいけば、 何かつかめるかも
 
しれないんだが……」
 
「いちいちティターニアにいってから戻ってくるのも面倒よね。
 
……ふーん、なるほど…」
 
その説明で、アエリスは乗り気になったようだ。ちらり とミスティン、
 
オージスの顔を見るが、特に異論のある様子は無い。
 
「そうね、その手も考えておきましょ。でもロジット、 隙を見て埋葬品、
 
盗もうとしたりしないでよ?」
 
「はっはっは。俺がそんなことすると思うかね。はっ はっはっはっはっ………って」
 
本人は豪快に笑い飛ばす。だが、返ってきた視線が予想 外に冷た
 
かったので、後半は尻つぼみになる。
 
「や、やだなぁ、俺がそんなことするとでも…」
 
「……ロジットは、前科があるからな」
 
「っていうか、あんたやる気満々でしょ」
 
「そ、そんなことナイ、ジャナイカ…」
 
やはり後半は尻つぼみになる。図星か。よりいっそう、 パーティ内
 
の視線が冷たくなる。
 
居心地の悪くなった彼は、身をちぢこませお椀につがれ たシチュー
 
をすすった。
 
そして噴き出した。
 
「あつぅ?!からっ、あまっ、えぇっ!???」
 
喉をかきむしってもだえる。
 
「ぐはぁっ……み、水…!」
 
バタリ。
 
その言葉を最期に、彼はその場につっぷした。
 
「…は? ロジット、いくら場が悪くなったからって、そんな手で同情を
 
買おうなんて…」
 
冷ややかに言いながら、自分もスプーンでシチューをす くったのはア
 
エリス。そして彼女は火を噴いた。
 
「!  かっらーい!!」
 
左手で口元をおさえ、空いたスプーンを握った右手をジ タバタとさせる。
 
その右手が倒れるロジットを唖然と眺めていたオージス の、後頭部
 
を直撃した。彼は、自分のお椀に頭から突っ込む。
 
「ぶわっ…酢の味がするシチューって初めて…」
 
そういって、口元をおさえる。ロジットほどではないよ うだが、顔色がと
 
たんに悪くなる。どうやらシチューにも個体差があるら しい。
 
「うっぷ…おぇ…」
 
「わしのは普通のようだがなぁ…」
 
オージスを端で見ながら、そう言ったのはドーム。だが 言っておくが、彼
 
のお椀につがれたシチューは、緑色だ。
 
「しいて言うなら、具がやけに硬いことか…ってなんだ これは、まな板で
 
はないか」
 
歯型のついた まな板を吐き出す。
 
「もういくらか喰ってしまったぞい……っとアーロン、 どうした?」
 
彼は、隣にすわるアーロンが硬直しているのに気づき、 彼の顔を見る。
 
誰も気づいていなかったが、ロジットが食べるよりも先 に、最初に
 
シチューの味見をしたのは彼である。
 
彼がその後、動いたところを見た者はいない。
 
「…おーい?」
 
眼前を手の平をいったりきたりさせるが、反応する様子 はない。目を見開
 
いたまま気絶している。
 
「……………」
 
それらの光景を遠くから見て絶句するのはアッシュ。雰 囲気だけ、というこ
 
とで手にはお椀を持ったまま、スプーン片手に硬直す る。
 
そして彼は、となりに座っていたエフィルが、ゆらり と立ち上がるのに気づいた。
 
彼女の足もとに置かれたスプーンには、すくった跡らし い青色のシチューが
 
こびりついている。
 
彼女は手の平を頭上にかかげた。
 
「紫玉の焔よ…」
 
「ってちょっとまったー!?」
 
生み出した大鎌を、彼女は力いっぱい振り下ろした。
 


「あらあら」
 
それらの光景を、一人遠いところで眺めるミスティン は、口元に手を当て
 
て、困ったように微笑んだ。
 
「エフィルさんだけなら、なんとかなったんですけ ど……途中から、アエリ
 
スさんも参加しちゃったものですから……ねぇ。私一人ではどうにも」
 
そう人ごとのように言って、彼女は眼鏡をかけなおす。
 
ちなみに、彼女はお椀に一切手をつけてはいない。
 
真昼間の街道に、幾多の悲鳴が木霊した。
 



あとがき
前編がここまで。
長さはティターニアを越えるものかとも思いますが、
キャラクター達はどいつもこいつも書きやすい奴らなので、作業時間は
それほどかかってはおりません。

だから掲示板にあんな調子こいたことを(汗)

今回のコンセプトは、「普通のパーティとアッシュ」、普通のパーティの視点から
見たアッシュということにしようとしたのですが、アッシュの『不気味』という印象を
やはりどうも書くことができません。

しかし、どうしても『物語がかってに長くなる病』も治りません…(汗)
後編は、明日中にきっと…
>朝起きたら寝坊した。面倒なのでそのままさぼった

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