塵芥のアッシュ
生く者達の協奏曲コ ンツェルト)・後編



「うーん……」
開けた大地に、何人もの人間が横たわっている。
シェスタなどと上品なものではない。皆、もだえているのだ。
無事なのは尋常なまでのタフさ(鈍感さ)を持つドームと、そもそも食べる口を
もたないアッシュ、自分では一切シチューに口をつけなかったミスティンに、あと
はオージスが、かろうじて無事だと言えるかも知れない。
だがそのオージスも顔面蒼白で、立つのも億劫そうに岩場に腰をおろしている。
後の四人、ロジット、アーロン、ミスティン、エフィルの四人はその場で横になっ
てうなっていた。四人とも意識はない。
その四人が横たわる姿を見て、やれやれ、とアッシュは嘆息した。
そしてとなりに座る女僧侶に問いかけた。
「さっきのシチューは、一体なんだったんだ……?」
「えと、ですね」
その問いにミスティンは指折り数え、
「まず砂糖にお塩、コチュジャンにお酢、あとバームクーヘンに…」
「…もういい。そこらへんで勘弁してくれ。ってバームクーヘン? なんでそん
なものが…」
ミスティンの説明に胃のあたりを押さえてうめく。想像しただけで気分が悪く
なってくる。
それは隣で話を聞いていたオージスもそうで、かすかに呻き声を上げた。
やがて、それらの光景を見て、アッシュが重い口調で提案した。
「…とりあえず、今日はここで安静にした方がいいな。野宿にしようか」
オージスがぶんぶんと強く首を振ってうなずいた。その拍子にまた吐き気が
こみ上げてきたのか、必死に口元をおさえた。
その後、薪をそれぞれ拾い集めて焚き火をつくり、四人をそのそばで
寝かせた。川からも水を汲んできて、その水を染み込ませた布を四人の
額においていく。
やがてまずアエリスが起き、開口一番、「水!」と言って皮袋一杯分ほど
の水を飲み干した。
そしてまたその場で横になり、さきほどから側に付き添うオージスに文句ばかりを
言っている。
次に起きたのはエフィルで、さきほどの記憶を完全に失くしていた。口に出して
はあまり言わないが、かなりつらいらしく、やはり立てないでいる。後の二人、
ロジット、アーロンの二人は起きる前兆すらない。
そうこうするうちに夜になった。
晩飯は動ける4人だけで作ることとなった。このころにはオージスも大分体
調が戻り、以外にうまい包丁さばきを見せていた。アエリスも起きて手伝お
うと申し立たのだが、それは四人で全力で阻止した。彼女は結局横になっ
ている。
「アッシュ、きゅうりの方はどうだ?」
「ん……いや、まだだ」
「そうか? どれくらいまで進んだ?…って」
オージスは、アッシュがまな板の上で切ったきゅうりをつまみあげると、た
め息をつく。
輪切りにしたはずのきゅうりは、肝心なところで両断できず、全てがつな
がっている。
「あんたも、あの娘といっしょで不器用なんだな…」
「…めんぼくない」
「まあ、これぐらいならなんとでもなるさ」
オージスはそう言って笑いかけた。そしてアッシュの手から包丁を受け
取り、瞬く間に切り分けていく。
「手馴れているな」
「他のメンバーが頼りないからな。うちのリーダーは家事をやらせれば破
滅的な腕だし、ドームの親父も、肉の切り分け以外はほとんどできねぇ。
ロジットは腕は悪くないけど勝手につまみ食いするし、アーロンは時々
ボケをかまして料理を台無しにしてくれるからなぁ」
「気苦労が絶えないんだな」
「まぁな」
オージスはそう言って嘆息する。
「うちのメンバーは天然かノリで動くやつらばっかだし、後ろを顧みないん
だよ。おかげでしわ寄せが全部こっちにきてしまう」
ため息混じりに言う。だが、アッシュはかすかに苦笑し、
「楽しそうではないか」
といった。それにオージスはきょとんとした顔をする。
「そう見えるか?」
「ああ。というよりも、今、普通に笑っていたぞ」
言われて、とっさに口元に手を当てた。
「…マジ?」
「ああ」
笑みを口調に含みながら、アッシュがうなずいた。それにバツの悪い顔を
する。
「…ま、な。たしかにやつらと一緒にいたら退屈しないし。それに、あいつ
らの能天気さに救われることもあるしな」
「ふむ」
「今日はひどい目にあったけど、それはそれで刺激的だしな。色々と考え
ていたことがふっとんじまった」
「色々と考えていたこと?」
問いかけると、突然、その喉元に、包丁がつきつけられた。ウッとうなって
アッシュは動きをとめる。
「そ。例えばあんたを本当は信用していいか、とかな」
「……」
アッシュは沈黙して見つめてくる。それに、顔を崩して一転、すまなそうな
顔をする。
「…すまん。仲間があんなもんだから、俺一人だけ疑い深くなっちまってな。
んで、見るからにあんた怪しい格好だろう? だから、ちょっと疑っちまってた」
「……気づいている」
アッシュはうなずいた。度々オージスは彼の様子を盗み見ていたから、そ
れに気づいていたのだろう。
「だけど、さすがにもうあんたのことは信用している。何かしようってんなら、
さっき俺やアエリスがグロッキーになっている時が、絶好の機会だったからな」
「だろうな」
アッシュは淡々とうなずく。
「ま、そういうわけで。疑っていてすまなかった」
「いや、当然のことだろう。気にするな」
首を振るアッシュに、オージスは笑いかける。
「そう言ってもらうと助かる」
そして、もうこれぐらいでいいかな、と言って切っていた野菜を取り出す。
「さ、それじゃあ――」
料理を作ろう、というオージスの言葉は、空から飛来してきた一本の矢によっ
て断たれた。
ビィイイイイン
地面につきたって、尾羽が空気を揺らす。二人は矢が跳んできた方を同時に
ふりむいた。
そこには、バルバシア兵の部隊がいた。その数は8人。矢を放ってきたのは、
弓をかまえる重装弓兵だった。
「なっ……?!」
オージスが呆然と声を上げる。その腕がアッシュによって強引に引き
ずられた。
「こちらは半分が病人だ。この数では勝てない。さっきのカタコンベまで
引き返すぞ」
「あ……ああ!」
我を取り戻してうなずく。そしていまだ状況の飲み込めていないミスティン達に
むかって叫んだ。
「バルバシア兵だ! あのカタコンベまで逃げるぞ!」
作りかけの料理などは全て放り出した。ミスティンたちもすぐに事情を察し、
最低限の荷物をまとめだす。
「アエリス達はどうする?!」
「抱えていくしかないだろう!」
答えながら、アッシュはロジットを担ぎ上げた。ドームがエフィルとアーロン
の二人を両脇に抱えて運び、ミスティンは荷物。オージスはアエリスを
担ぎ上げた。
「あ、こ、こらオージス! どこ触ってんのよ!」
「暴れんな! ただでさえ重いんだからよ!」
「なんですって?!」
頭上でアエリスは金切り声を上げながら、オージスの顔をひっかく。こいつ
だけは寝ていて欲しかった、オージスは心の中で、しみじみとつぶやいた。
それでもどうにか件のカタコンベの入り口までたどり着く。そして暗澹と広
がる穴を見て、躊躇した。
「どうしたの、オージス?」
「いや、手がふさがってるから…」
傾斜のきつい穴に躊躇する。どうしようかと考えあぐねていると、その背中が
背後から、アッシュによって蹴飛ばされた。
「さっさといけ!」
「うわっ?!」
「キャー!」
悲鳴を響かせながら、穴を落ちる。深さはそれほどではないとはいえ、二
人は激しく地面に叩きつけられた。
そこにロジットを抱えたアッシュの追い討ち。
「ぐふっ……!」
とどめに、両脇にアーロンとエフィルを抱えたドームと、ミスティンが飛び
降りてきた。二人はもう、言葉すらでない。
「や、やばっ、吐く……」
「さっさと……どいてぇ…」
悲痛なうめきを上げる二人にちょっとやりすぎたかと思いながら、アッシュ
は体をどけた。抱えているロジットの体を小脇にどけ、上を見上げる。
穴からは、かすかに月の光が漏れている。急いでいたために、フタを閉
める余裕がなかったのだろう。
「あれじゃあ気づかれるのう」
「ああ。だが、この入り口なら一人ずつしか降りてこられないし隙だらけだ。
そこを各個撃破すればいい」
ドームにアッシュが応じる。そして二人とも、己の武器を取り出した。ミス
ティンは素早く倒れこんだオージスとアエリスにマイナー・ヒールをかけ、
それでオージスも立ち上がり、アエリスも「魔法ぐらいなら…」と膝をつ
いた状態で杖をかまえる。意識を取り戻していたエフィルも震える足で
立ち上がり、明かりと大鎌を呼び出した。
だが、そのまましばらく待っても、バルバシア兵達は降りてくる様子はない。
「……? 入り口に気づかなかったのかしら?」
アエリスの言葉に、アッシュ、ミスティンが否定した。
「いや……そうとは思えんな。その場で待機して応援を呼んできているの
かもしれん」
「突入用に、補助魔法をかけているのかもしれませんわ」
「…なんにしても油断はできないってわけだ」
と、彼らが見守る中で、突然入り口の方から轟音がした。
「キャッ!」
それとともに、内部を振動が襲う。そして入り口からぱらぱらと瓦礫が落
ちてきた。やがて、出入り口から差し込んでいたかすかな星の光が途絶
えた。
「なんだ……?」
「…どうやら、入り口をふさぐことにしたようだな。兵糧攻めのつもりか…?」
アッシュは言いながら、入り口の傾斜を登っていく。そしてふさいだ岩盤を押し
のけようと手に力を込めるが、ビクともしなかった。
「ダメだ。やはり完全にふさがれている」
「むぅ……」
ドームが難しい顔をして腕を組む。
「どうにかしてこじあけることはどうだ?」
「無理だな……下手に力を加えれば、その部屋自体が崩れる危険もあるし」
答えて、アッシュは下に下りた。
「無理に開けようとするより、別のルートを模索したほうがいいと思うのだが」
そして、左右にのびる支道を指差す。
「そうね…これがカタコンベなら、どこかに出口があるはずだものね」
「でも、ここって本当にカタコンベなのか?」
オージスが心配げに訊ねる。
「確かに作りはそれっぽいけど、ここから大カタコンベまで結構な距離が
あるぜ。本当につながっているとは限らないぞ」
「あら、でも『大』カタコンベっていうぐらいだから、これぐらい大きくても
不思議じゃないんじゃない?」
「たしかにそうだけど…」
「ですけど、他の道を探すのはいい方法だと思いますわ。ここでジタバタ
するよりはよっぽど」
「……そうだな……」
オージスも、二人がかりの説得にうなずく。
「だが、それにしてもまずは残りの二人とエフィルが回復してからだな」
アッシュは、床に座り込んでいるエフィルを見た。そして近寄る。
「大丈夫か?」
「…気持ち悪い」
「吸うか?」
アッシュが提案する。だが、エフィルは首を振った。
「まだ、いい」
「そうか」
アッシュはうなずくと、その隣に座った。そこへ興味深げにアエリスが訊
ねる。
「ねぇ、『吸う』ってなに?」
「ん……? そうだな…。……こいつの、本当の食事だ」
アッシュは、曖昧に答えた。
その後、ロジットとアーロンの回復まで待つことになるのだが、二人が治
るにはまだかかりそうなことに加え、明日の探索に備えるため、彼らはすぐ横
になった。

翌日、皆が起きるころになってようやくロジットも目を覚ました。そんな彼は
ここ数日の記憶を失い、アッシュとエフィルの存在やこのカタコンベの話
を、全て一から話さなければならなかった。
アエリスは面倒だ、とつぶやいていたが、それよりもそれほどのあのシチューの
威力に、他の人間が恐怖した事は言うまでもない。
ともかく残るはアーロンだけとなり、本人も顔色はかなりよくなったのだが、
中々起きてこない。
その間、皆が暇つぶしに使っていたのは――

「はい、エフィルさん。動かないでくださいね」
そう言いながら、ミスティンはエフィルにアイ・シャドウを塗っていく。
「うーん、エフィルならこれが似合うかな? あ、こっちの方がいいかも。いや、
これをつけるのもいいかなぁ」
その隣で服やらアクセサリやらを物色しているのはアエリスだった。二人とも、
エフィルを着せ替え人形のようにして遊んでいた。
ことの発端は、朝食での席。ミスティンの
「エフィルさんって、お人形さんみたいですわよね」
という発言。それに便乗したアエリスが、「ちょっと私たちにメイクをまか
せてみない?」と言い、エフィルがそれを了承したために、それから
ずっと続いている。
「女ども、楽しそうだなぁ…」
オージスのしみじみとした言葉に、ロジットは苦笑する。
「そうだな」
「あれじゃ、エフィルがかわいそうだぜ。まるっきり玩具じゃないか」
オージスが言うと、おや、とロジットが首をかしげた。
「いや、いいんじゃないか? エフィルもあれで楽しそうだぞ。なぁアッシュ」
「そうだな。そういえば、年の近い女性とエフィルが話すのは、今まで
なかったからな」
「あれで、楽しそうなの? …俺にはずっと無表情にしか見えないけど」
言葉をかわすロジットとアッシュを、オージスが不思議な顔で見る。
「私は、今までの二ヶ月ぐらいずっと一緒に旅をしていたからな」
「俺はお前と違って、女性経験が抱負だ」
「あっそ。……いつも振られるくせに」
ボソリとつぶやく。ロジットはそれに顔をひきつらせて、とたんに表情が
曇る。彼のトラウマをつついてしまったのかもしれない。
「エレナァ…クリスゥ…ジョナサァン…」
「…なるほど、女性経験は抱負そうだ」
次々とロジットの口からのぼる女性の名に、アッシュはしみじみとつぶ
やく。
と、そのアッシュのもとに、エフィルをともなったミスティン、アエリスが
やってきた。大きなタオルケットで、エフィルの全体像は見えないよう
になっている。いぶかしんでいると、アーロンの容態を見ていたドームも、
なんじゃなんじゃ、と巨体を揺らして寄ってきた。
「アッシュさん、ちょっと見てくださいね」
「ん……? ああ」
うなずくのを見計らって、「ジャーン」とアエリスと呼吸を合わせて、布
を剥ぎ取る。
そのエフィルを見て、まず軽くオージスが噴き出した。つられてロジット
も苦笑する。ドームは、「うちの婆さんを見ているみたいじゃ」、とうめき、
アッシュは呆然とエフィルの顔を見つめた。
「…二人とも、それはちょっと、化粧が濃すぎじゃないか?」
「ふふ、そうですか? ――でも」
ミスティンは言って、手に持っていたリボンでエフィルの紫の髪を結い
上げ、さらに前髪をちらつかせる。そして最後、かすかに追加の化
粧をほどこし、再びアッシュ達に見せた。
「はい、どうです?」
口元にはいたずらっぽい笑み。変わり栄えしたエフィルを見て、
男四人はほうっ、と感嘆の息を上げた。
「すご……大人っぽい」
「うむむ……これは立派なレディだ」
「…ふむ、ウチの婆さんの若いころのようじゃのぅ」
「これが……エフィル?」
それぞれ、半ば言葉を失っている。それにアエリスが勝ち誇った表
情を浮かべて、
「女は変われるものなのよ」
と言った。彼女の不器用さも、化粧に関しては例外となるらしい。
だが、男四人を感服させても、ミスティンはまだ難しい顔をした。
「あとは、服の方もちょっと考えたいんですよね。でも生憎、いいのが
ないんですよ」
「この、背中の羽をどうにかしないといけないからね……」
二人はそうやって顔を見合わせ、無念そうに息を吐いた。
「まあ、ここまでできたのですから、よしとしましょうか。じゃ、いった
んこれは洗い落として、後でエフィルさんには化粧の仕方を教え
ちゃいましょう」
「あ、それいいね。化粧セットは私達のを譲ってあげるから」
こうして、エフィルは二人から化粧のレッスンを受けることとなった。

それからエフィルへのレッスンは昼飯の用意まで続くことになった。
お開きになる最後、二人からは一通りの化粧セットと、ブルーのリボ
ンが手渡された。開錠した宝箱から出てきたものらしい。
そして昼飯のころになると、ようやくアーロンが起きだした。彼の場合
は記憶の欠落もなく、妙に、艶やかな表情をしていた。

そして、アエリス達八人は、洞窟の探索を開始した。
コンパスを頼りに大体の方角の見当をつけ、進んでいく。特にロジット
のトレジャー・ハントの経験がものをいい、かなり的確に進んでいって
いるという手ごたえがあった。
そして、もうすぐ外は夜になろうかという時刻――

「……敵さんのお出ましだ」
戦闘を歩いていたロジットが、そういって後ろを制した。
前方から、アンデットの群れが現れた。その数は六体。
「後ろからもきているようだ」
最後尾を振り返って、アッシュが言った。こちらはゴブリン・ゾンビ一体。
それにアエリスが提案する。
「それじゃあ、前の六体は私達が引き受けるわ。アッシュとエフィルは
後ろのゴブリン・ゾンビをお願い」
「承知した」
アッシュは槍をかまえる。エフィルもならって大鎌を生み出した。そして
ゴブリン・ゾンビ達にむかって駆け出す。
それを見届けて、アエリスは言った。
「あの二人ならゴブリン・ゾンビなんて目じゃないだろうし、後ろは気に
しないでいいわね」
「ああ。俺達もいくぞ!」
うなずいて、オージス達もアンデットの群れに肉薄した。



「一番やり!」
クイック・ステップ!
軽やかにステップを踏んだロジットの体が、宙に残像を刻む。そしてトゥーム・
スケルトンめがけて短剣を閃かせた。
続いてアーロンが朗々とした呪歌を歌い、各々の残像を生み出す。それとほ
ぼ同時にアエリスが詠唱を開始。続いてミスティンが手にしたメイジ・スタッフ
で殴りかかり、ドームの全体斬りが発動。敵を斬り刻む。
オージスが行動する前に、敵がそれぞれ行動してきたが、アーロンの生み
出した幻影がそのほとんどを受け止める。そしてオージスが放ったバッシュII
からの斬撃で一体は崩れ去り、さらにアエリスが放った全体魔法が、敵を一気に
焼き尽くした。



アエリスの指先が、宙に軽やかに印を切る――
「焼き尽くしてあげるわ!」
ファイアー・ストーム!
アエリスが、詠唱した魔法を放つ。瞬く間に生まれた炎の竜巻がアン
デット達を飲み込み、その身を骨ごと焼き尽くしドロドロに溶かす。
すでにロジットの短剣やドームの戦斧による全体斬りをくらっていた
アンデット達は、その一撃で全て土へと帰った。
「楽勝だな」
剣を鞘に戻し、オージスが言い放つ。そばにいたミスティンが、微笑み
ながらうなずいた。
「アッシュの調子はどうじゃ?」
「まだ続いているかな?」
オージスは気楽に言いながら振り返った。と、振り上げたゴブリン・ゾンビの
かぎづめが、アッシュの胸板を直撃する。
「アッシュ?!」
その光景にオージスが叫んだ。だが、アッシュはわずかによろめいただけ。
「――ヌン!」
槍の一撃をたたきつける。ゴブリン・ゾンビの体がわずかに弾けとんだ。
「……全然、たじろいでねぇなぁ…」
「ドームの親父なみなタフさだぜ」
ロジットとオージスのうめき、当のドームは否定する。
「わしはあんな非力ではないぞ。それと私と奴のタフさは、少し異質なものだろう」
それを聞いてアエリスは肩をすくめた。
「どっちも変わらないような気がするけどね…」
そして杖をふるって、皆を振り返った。
「それじゃ、私達も加勢するわよ」
だがそれを、戦っているアッシュ達が否定した。
「こいつごとき、私達で十分だ」
ゴブリン・ゾンビのかぎ爪を腕で受け止め、胴を薙ぐ。さらに背後から、
エフィルが紫色の炎を呼び出して攻撃した。
「私達だけで大丈夫……そこで見物しておいて」
「……まあ、そこまで言うのなら。でも、無理はしないようにね」
「ああ。お前たちもたまには見てみるといい。ソロにはソロの戦い方があると」
言い放って、アッシュはわずかに距離をとった。そしてエフィルに呼びかける。
「エフィル。吸え」
「わかったわ…」
エフィルは、手の平をアッシュめがけかざす。すると、アッシュの体から紫色
の光が漏れ出し、エフィルの手のひらに吸い込まれていった。
光の流失はエフィルが拳を閉じると光の流出もおさまる。
「さて…いくぞ」
「うん」
言い放つと同時に、アッシュはゴブリン・ゾンビに距離をつめた。そして至近
距離から、ひたすらに槍の連続攻撃を放つ。
避けらしい避けはなかった。ただひたすら、槍の通常攻撃。ゴブリン・ゾンビ
のかぎ爪が当たろうともものともせず、さながら重戦車のごとき確固たる進
撃を続ける。
「タ、タフだなぁ…」
「ソロの戦い方、ね……。あれは絶対、アッシュが特別なんだと思うわ」
観客席では、それぞれがアッシュの戦い方に呆れていた。
「――そろそろか」
淡々とアッシュがつぶやく。そして、槍を振りかぶった。
遠心力を持って放たれた槍の一撃が、ゴブリン・ゾンビの腐った首を吹き飛
ばした。
首を失ったゴブリン・ゾンビの体が、ぐらりとよろめく。そして音を立てて地面に
伏した。


「……おつかれさまぁ」
口元をひきつらせながら、アエリスがアッシュを出迎えた。エフィルをともなった
アッシュは、衣服に飛び散った腐肉や埃を払いながら、近寄る。
「今回復魔法をかけますね」
ミスティンがそばにきて回復をかけようかと提案するが、アッシュはそれを
断った。
「必要ない。もう全部治った」
「…そうですか?」
うなずいて示す。アッシュは自分の体を、着こんだ厚布の上からなぞった。
全てが灰という彼の体は、傷をつけられても失われない。
(便利な体もあったものだ…)
アッシュは、胸の内で淡々とつぶやいた。色々と制約もある が、案外自分は
この体が気に入っているのかもしれない。
気を取り直して、アッシュは面を上げた。
「それでは行こうか。ロジット、出口まで後どれぐらいだと思う?」
「確約はできねぇが、後もう少しだと思うぜ。たぶん今日中には出口につくと
思う」
「そうか。それでは先を急ごう」
アッシュは他の7人をうながす。それにうなずき、アエリス達は歩を進めた。
だが、最後尾にいたアッシュとエフィルだけはその場にしばらくとどまった。
そして、アッシュは、エフィルに小さな声で囁いた。
「喰らっていいぞ」
「…わかったわ」
エフィルはうなずいて、手にもう一度、おさめたはずの大鎌を呼び出す。そして、
――シャァァァァン
水平に振るった。風を斬るかすかな風斬り音が聞こえる。
すると、さきほどアッシュ達が倒したゴブリン・ゾンビと、アエリス達が打ち倒し
た六体のアンデット。
その死体から、白いモヤのようなものが、不意に湧き出た。
「…いただきます」
――彼女は小さな唇を、大きく広げた。



埃がつもった道を歩いていたオージスは、ふと気づき背後を振り返った。
「あれ?アッシュ達は?」
「あら?」
それに、アエリス達も気づく。
「おかしいわねぇ…?」
先ほどのモンスターと出会ったところからここまでずっと一本道だった。迷う
ような造りではないはずだ。
「とりあえず、引き返して探しましょ」
そう言う。だが、それと同時に、むこうから二人が現れた。
「遅くなってすまない」
「いえいえ。でも、どうしたんですの?」
「ちょっとな」
アッシュは言葉を濁した。かすかにオージス達はいぶかしんだが、追及はし
なかった。
「ま、なんともないならいっか。さ、先を急ぎましょう」
アエリスが言って、他のメンバーも歩き出す。
それに付き従いながら、アッシュはかたわらのエフィルを見た。
"食事"をしたためか、彼女の顔は、いささか艶やかになっている。
その彼女の横顔を見て、胸の内でつぶやく。
(神官のミスティンを含む彼らには、やはりあの光景は見せないほうがい
いだろう)
そして面を上げ、アッシュは前を行くオージス達に付き従った。
(――語らないことは、彼らを裏切ることになるだろうか?)
オージスに視線をむけながら、アッシュは宙に問いかけた。



ロジットの言葉どおり、ほどなく彼らはカタコンベの外に出ることができた。
外はもう完全な闇。空には、満点の星空が広がっていた。
「う〜、一日ぶりの地上だ!」
伸びをして、オージスがはしゃぐ。それにアエリスが
「子どもみたいね」
と言って微笑み、ミスティンが苦笑する。
オージスはバツの悪い顔をした。
ロジット、ドーム、アーロン達も、それぞれ晴れやかな表情をしている。
エフィルもそうだ。地上に出てからずっと、彼女は星空を眺めている。
アッシュはその横顔を見つめていると、不意にエフィルが見返してきた。
どうしたの、と首をかしげる。
「いや」
アッシュは答えながら指先を伸ばし、彼女の髪にかかっていた埃を取り除いた。
その指先が自分の髪を揺らす感触に、エフィルは眩しそうに目を細める。
その日、彼らは共にすごす最後の晩餐を賑やかにすごし、就寝した。

翌朝、早朝。
アッシュ達とアエリス達は別れることとなった。
アッシュはすでに言っていたとおり、アムスティアにむかい、
アエリス達は、試しにカタコンベに潜ってみると言う。
「中の財宝かっさらってがっぽりだぜ!」
うっかりそう口走ったロジットは、オージス達に袋叩きにされた。
「それじゃ、お別れだな」
別れの席で、オージスがそう言いながら握手を求めてきた。
アッシュはそれに応じる。
「君達と一緒の間は、楽しかったよ」
「俺達もだよ」
オージスは照れたように笑った。
エフィルには、アエリスとミスティンの二人が、化粧の最終レッスンをして
いた。
アエリスなどは、
「目指せ、下克上! 朴念仁アッシュを悩殺だ!」
なとど拳を振り上げて叫んでいる。
何がしたいのか。





私達は互いに名残惜しく思いながらも、手を振って別れる。
そばのエフィルに、楽しい二日間だったな、と告げると、エフィルは小さ
くうなずいた。そして、手元に残された化粧箱に視線を落とす。
そこには元のデザインとは別に、ミスティンとアエリスの手によって、新た
な文字が刻まれていた。
「目指せ、下克上! いつか朴念仁アッシュを悩殺だ!」
さっきのアエリスの台詞。これはアエリスの方か。
「ネコミミ、スク水、メイド服……エフィルちゃんならどれも似合いますわよ」
……? これはミスティンのか? ……言っている意味がわからん。
と、エフィルが、視線を化粧箱に落としたまま、訊ねてきた。
「ねぇ、アッシュ」
「ん? どうした?」
「悩殺って、何?」
「……は?」
「この……文字と、『アッシュ』の前の字も、私、読むことができないんだけど」
その言葉に私は噴き出した。
怪訝な顔をするエフィルの髪をクシャリと撫で、少し意地の悪い大人を演じてみる。
「大人になればわかるさ」
「………?」
私を見上げて、エフィルは疑問符を浮かべた。そして、邪険に私の手を払いのけ、
不機嫌そうに歩調を速めた。私の数歩前を歩く。
彼女が歩を進めるたびに、ポニーテールにした彼女の髪が揺れている。
彼女の後ろ髪は 広がる青空と同じ ブルーのリボンで結い上げられていた。


イブラシル暦685年6月。
私とエフィルの二人はその日、愉快な六人の冒険者と出会った。
彼らとのやりとりは、私にとってもエフィルにとっても、いいものであったろう。











「……ところでエフィル、このあたりを歩くと、なぜか寒気が襲うんだが……」
「……しらない」
隣を歩く彼女に語りかけると、彼女は、私の視線から顔をそらした。




○あとがき○
いかがでしたでしょうか、生く者達の協奏曲(コンツェルト)。
途中、なんだかご大層な名前だな、とか、やっぱストレートに狂想曲(ラプソディ)
といくか、と思いましたが、今の協奏曲になりました。もちろん狂想曲ともかけ
ております。
〆きりを破るの作家の常だそうですが、アマチュアの自分もそれを堂々と破る
のはどうかと。
それもこれも作品を長く書きすぎてしまったためですが……ほんと、次回、
次々回は短くします。多分。
というか、ここまで読めた人いるのかな?長すぎて読む気力すら失せるのでは(汗)

これからはほんと、毎回短くしていこうと思います。
ただ、アムスティア到着後はちょっとしたイベントを起こすので、また長くなってしまい
そうですが。
ってお前、○○○だろう……

>大雑把な私の得意技は、有限不実行

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