ア
リアとオンディーナ 「とゆーわけで、アリアさん。最近のレヴァリスさんとイリスさんの仲が少し険悪だと思うのですが、どうでしょう。」 「少しというか…思いっきり険悪だと思いますけど。…というかいきなりどうしたんです? オンディーナさん」 街の片隅、入り組んだ路地の奥にあるオープンカフェ。そこで同じテーブルに腰掛ける唯一の客は、女二人の二人組みだった。ともに丈の長いロン グスカートをはいていて、片方は紅色、もう片方は対照的に青に服を染めをぬいていた。 紅色の服を着込んでいるキリッとした眉の持ち主がアリア、青色の服を着込み目の下に泣きぼくろがある女性がオンディーナという。 オンディーナに問いかけられたアリアは、はぁ、と小さく息を吐いて、横目で問い返した。 「で、そんなことを聞くために私を呼び出したんですか?」 「そんなことってなんですか?! 仲間の一大事なんですよ?! それをそんな人事みたいに…」 身を乗り出すオンディーナ。その剣幕に、アリアは驚いたように目を見開いた。だがすぐに落ち着かせ、カップを受け皿に置いた。 「はいはい、すみません。…とは言っても…こういうのは当人たちの問題だと思いますけど。私たちが口出しするようなことはほとんどないんじゃないんです か?」 「それは…たしかにそうかもしれませんけど…」 オンディーナは少し決まり悪そうに言葉を濁した。 「それに…あの二人の仲がこじれるのは、今に限ったことじゃないと思いますけど。あの二人にとっては今の状態こそが、普通なのではないでしょうか?」 「かもしれませんけど…。でも、それにしても今回は長すぎじゃないですか?」 二人の仲間であるレヴァリスという少年と、イリスという名の少女はここ最近、少し不仲な関係となっていた。というよりも、少女の方が一方的に少年の方を避 け ているといった方が正しい状況なので、仲が悪いという表現は不適当であるかもしれない。 二人が話すとおりこれまでにもそういったことがなかったわけではなかった。喧嘩するほど仲がいい…というよりも、一方的に少女の方から避けるわけだから、 実際は小学生の子が好きな子に冷たく当たるのと変わりない。 ただ、それにしても今回は期間が長い。そのことを特にオンディーナは気にかけていた。 「でも…私は心配なんです」 「…何がですか?」 カチャリとティーカップをコーサーに戻すオンディーナに、いぶかしんでアリアが問いかけた。 それにほうっと、一度息を吐いて、オンディーナが告げる。 「イリスさんが……思い余って、レヴァリスさんを斬り殺してしまわないかと……」 「…えーと、どこらへんでそんな想像にたどり着いたのか知りませんけど…。おそらくそれはないかと。…というか私は、オンディーナさんの頭の中が心配に なっ てきました…」 「でも、起きそうじゃありません?」 「どんな一途で短気な人ですか。……オンディーナさん大丈夫ですかー? ジャムの食べすぎで脳に栄養いってないんじゃないですか?」 「ジャムは関係ないですよ。人をひそかに変人扱いしないで下さい」 「あら」 アリアは口元に手を当て、小悪魔的な笑みを浮かせた。 「その胸の大きさだけで十分、変人だと思いますけど」 「ムッ」 一方、オンディーナもアリアの意地の悪い雰囲気を感じ取り、少しひきつったにこやかな笑みを浮かべる。 「…あらー、またひがみですかアリアさん。いくらご自身のが、その…こぶりだからって。…アリアさんこそちゃんとしたものを食べていますかー?栄養が全部 下っ腹にいっていません?」 「あらあら、わざわざご心配遊ばせ、大丈夫、理想的なプロポーションはまだ崩れていませんわぁ、それに、私のは適度というんですよ。大きければいいっても のじゃないんですよー」 「あらあらあら、お上手ですわね、自己弁護が。」 「うふふふふふ」 「ほほほほほほ」 「チャウさーん、シフォンケーキ一つお願いしまーす!」 「こっちにはチーズケーキ!」 「で、です。私たちが喧嘩をしても仕方なくって、ようはレヴァリスさんとイリスさんを仲直りさせる、いい方法はないんでしょうか」 「…といわれてもですね」 アリアはとどけられたチーズケーキをほおばりながら、言葉の端をにごらせる。 「お二人が喧嘩をしている理由がわからないと、それは少し難しいと思いますよ。下手な対処は自体の悪化を招きかねませんから。…オンディーナさんはその事 に関して、何かご存知ないですか?」 「さぁ…ただ、たしかお二人は、ナタリヤさんが挨拶に着た次の日ぐらいから…どこか険悪になっているような気がします。関係があるかは知りませんけど」 「その前後に何かがあったんでしょうか。…。謎ですね…。本人達に聞いてみましょうか?」 「…それは少し…遠慮した方がいいかと」 「…ですよね」 オンディーナの否定に答えるアリア。 「イリスさんが一方的に避けているんですから…原因はレヴァリスさんにあるんでしょうか。それともイリスさんが誤解をしている…?」 「…なぞ、ですね」 「ですよねぇ。一体どうしたらいいのか…。オンディーナさんは何かいい案があるんですか?」 「それが思いついたら苦労しませんよ。……。二人で強引に…。デートにいかせるとか」 「あの二人なら、それでもなんとかいけそーな気もしますけど。…でもそれも一歩間違えれば、レヴァリスさんが斬り殺されてしまうことになりかねませんよ」 「でしょうか…。じゃあ傷ついたらアリアさんの魔法で治してもらうというのは?」 「息があったらなんとかなりますけどねー。…。即死だと、私でも少し」 「さすがに、即死は無理ですか…」 くしゅん いすに腰掛け、分厚い本を読みふけっていたカインは、脇で上がった小さなくしゃみに、ふとかたわらの銀髪の青年の方を見た。 「どうしたレヴァリス。風邪か?」 「いや、そんなはずはないんですけど…。とつぜん悪寒が…」 レヴァリスは肩を抱いて体を振るわせた。そこに揶揄するようにカインは笑いかけた。 「誰かが噂話でもしているんじゃないか?」 「だとしたら、絶対穏やかな話じゃないんだろうな、これは…」 レヴァリスはしみじみと、諦めにも似た表情でため息をはいた。 「というか」 ふと会話が途切れた隙に、アリアはずっと思っていたことを口に挟んだ。 「私思うんですけど、やはり、こういうものは本人たちで解決するべきだろうと思いますよ。外野が口出しするような話ではないと思います」 言われてオンディーナは押し黙る。だがその表情はまだ少し不満げだ。 「確かに…そうかもしれませんけど…。でも、私たちに何かできることはあるんじゃないんでしょうか?」 なおも食い下がるオンディーナに、アリアはどうしたものかと紅茶をすする。ほのかな香りが包み心を落ち着かせるが、同じものを飲んでいるオン ディーナは、その匂いをかぐ余裕すらないようだ。 コトリ、と音を立ててアリアはティーカップをおいた。そして身を乗り出す。 「でも、下手に口出しすれば逆に二人の仲がこじれてしまうかもしれません。それに二人を仲直りさせようなんて私たちは頼まれていないし、おせっかいでしか ありません。そこのところをよく理解した方がいいかと」 「それはもちろんそうですけど、でもだからって何もできないと決まったわけではないでしょう。慎重に考えれば、悪化させないで、お二人の仲を少しは改善す る方法が見つかるはずです」 対して、オンディーナも身をひかなかった。その表情が真剣なのを見て、アリアも押し黙る。 結局根負けしたのは、アリアだった。 「…そうですね。無理ということはないでしょうね。わかりました、オンディーナさんのその勢いに免じて、私も手伝います。本当はそういうのは、私らしくな いんですけどねー」 「本当ですか?!」 オンディーナは、笑顔で勢い込んでたずね返してきた。苦笑をうかべながら、アリアは「ええ」とうなずく。 「でも慎重に、ですよ。より状況を悪化させてしまったら元も子もありませんからね。オンディーナさんはしっかりしているようでどこか抜けているような気が しますから、事前に私にも相談してくださいね」 「はい」 「でも、オンディーナさん、そんな余裕はらっていていいんですか?」 「え?」 「オンディーナさん自身はお一人の寂しい身空でしょうに。他人のことを気にかけている余裕なんてないと思うんですけど…。女の二十代ははやいんです よー?」 「あら、アリアさん、何か勘違いされているようですけど、私はまだじゅ・う・ろ・く・ですからねー? こう見えて、レヴァリスさんより若いんですよー?そういうアリアさんはいくつでしたっけ?」 「あらー、そうだったんですか。老けて見えるのでてっきりもう……いえいえ、なんでもないんですよー。え、私ですか? まだ二十代ですよー?」 「あらー、そうなんですか、そうですよね、四捨五入どころか九捨十入しても二十は二十ですからねー、なるほど、ものは言いようですね、勉強になりました わ」 「それはそれは、よかったですわ。お乳に栄養がいきすぎて頭にはいっていないのかと心配していましたが、これで少しは安心できますねー」 「うふふふふ」 「ほほほほほほ」 「チャウさん! 紅茶おかわりっ!」 「私にはレモンティー!」 「はい、オンディーナはん、紅茶やでー」 「冷めないうちに飲んだってやー」 「あ、使い魔さん、ありがとうございます。チャウさんとの漫才の練習はどうですか?」 「おうおうよく聞いてくれました! さっき一つショートコント完成したんです、見てってや、『かかぁ天下』」 「あかんでムニン! それは姉さんのいる前でやっちゃいk…ふぐっ!」「ぐあっ!」 「口って災いのもとですよね」 「で、イリスさんとレヴァリスさんを仲直りする方法、でしたか」 自身の使い魔から運ばれてきたレモンティーを口にしながらアリアが反芻する。そこに今度はオンディーナが問いかけた。 「何かいい案がありますか?」 「うーん…実際、イリスさんもそこまでレヴァリスさんを嫌っているわけじゃなくて、むしろ仲直りしたそうにしてるんですよね。…ほっといてもいつか勝手に 修復しそうですけど…実際、ちょっとした荒療治でもいけそうですよ。オンディーナさん、耳を貸してくれませんか?」 「…はい?」 「…それって、最初に私が言ったプランじゃありません?」 「違うのは、私たちも一緒に行くってところですね。お目付け役がいれば、困った事態になる前にとめることができますからね」 「まぁ…それでいきましょう」 結局、オンディーナも同意した。 一時間後。路地の奥にあるオープンカフェにはアリアの姿がなく、かわりにイリスの姿があった。 「チャウさんが、珍しい葉っぱが入荷されてきたって教えてくれたんです。きっと気に入ると思いますよ」 「うん。飲んでみるよ」 そう言って一口含む。舌の間をすぎるまろやかな風味。 「……うん。おいしい」 「それはよかったです」 我が事のように微笑んだ。と、オンディーナは不意に、路地の方を見た。 ――もうそろそろだと思うのだけど その時ちょうど、路地の奥から靴音が響いた。何を言っているのか判別はできないが、何かの話し声も聞こえてくる。 ――耳のいいイリスは、その声の主が誰であるか気づいていた。反射的に路地の方を見て、どうしようかと所在なさげに眉をくもらせる。 やがて、 「あら、オンディーナさんとイリスさん?」 わざとらしく、角を曲がったところからアリアが。その隣には。 「奇遇だね」 銀髪の少年の姿があった。 (……むー) 心の中でうなるイリス。一方のレヴァリスは、何度かイリスに会話をふるが当のイリスはそっけなく応じるのみだった。その光景を見て、オン ディーナとアリアは小声でひそひそと言葉をかわす。 (ガード、まだちょっと固いですねー…) (そうですね。ここは一つ…) アリアは椅子を引いて立ち上がった。 「私、少しトイレ行ってきますわね。…イリスさんはどうしますか?」 「…ボク? …うん、いいよ、別に」 「じゃあオンディーナさんは?」 言いながら、他の二人には見えないところで背中をつねる。 「あ、じゃあ私も」 痛みにかすかに顔をしかめさせながら、オンディーナは立ち上がった。さりげなく、椅子を引くふりをしてその足でアリアの足の甲を踏みつける。 「…っ!」 「あら、ごめんあそばせ?」 「…いえいえー、いいですよ。それではいきましょうか」 そのまま二人は店内に消えていった。(なんだか店の方で何かをたたく音と小さな悲鳴が聞こえてきたが)後には、レヴァリスとイリスだけが残さ れる。 イリスは平静を装っていたが、実際にはレヴァリスと二人残された状況に、居心地の悪さを感じていた。 ――どう対応すべきか。…まだ、許してはいないのだけど… (むー…) 「その…このハーブティ、おいしいね」 沈黙に耐えられない形でレヴァリスが口をはさむ。 「ん……。……そうだね」 イリスはそっけなく応じる。自分からは会話をふらずに、ティーを一口すする。 レヴァリスも続く言葉が浮かばず、気まずげに、一口すすった。 (…ちょっと、冷たかったかな) ちくりとイリスの胸が痛んだ。だがすぐに首をふる。 ――いや…あれでいいんだ。 ――でも 「…あ」 口をつけたカップには、もう中の液体は入ってなかった。きまづい空間をまぎらわせるための大事なアイテムが。イリスはおかわりを頼もうと、声 を張り上げようとした。 「チャ…」 「チャウさーん、おかわり頼めますかー?」 イリスのか細い声を、レヴァリスの凛とした声がさえぎる。彼の顔を見ると、レヴァリスはこうたずねて来た。 「同じものでいいかな?」 「ん……う、うん」 「じゃあボクも。……おいしいね、これ」 「……うん」 ――まぁいいか――今ぐらい。 イリスは、そう思うようになっていた。 「うまくいった…みたいですね」 「ですねー。…一時はどうなるかと。よかったですねアリアさん」 「ん。まぁ、たまにはこういうのもいいですね」 アリアは照れ笑いのような小さな微笑を浮かべた。 「…でも、私たち、どうしましょうか」 「もう私たちは必要ないんじゃないですか? 裏口あたりから、そっと外にでましょう」 「あ、でも…何かの拍子に、レヴァリスさんが斬り殺されたり…」 「たぶんありませんて、それ」 「…ねぇ、レヴァリス…それにしても、二人、遅くないかな」 「ああ…そうだね。どうしたんだろうか?」 「見てこようか」 「うん」 二人は立ち上がった。残りの二人を探すため、店内に入っていく。 (ど、ど、ど、どうしましょう?二人ともこっちきますよ!!?) (そう慌てる必要もないでしょう。…ここで逃げたら変ですし、仕方ないですね、出ましょうか) (で、でも、裏口からこっそりと出るんじゃあ…) (もう遅いです) 二人がそんなやりとりをしている間に、レヴァリスは扉を開けた。 「…あれ? アリアさん、オンディーナさん。そんなところに隠れて、どうしたんですか?」 「…いえ、なんでもありませんよー、はは…」 愛想笑いで応じるオンディーナ。テーブルの影に隠れていた体を起こす。と、その足が椅子にからんだ。 「あ」 「おっと?」 バランスを崩したオンディーナは、レヴァリスの方へと倒れこんでくる。当然レヴァリスは受け止めようとした。が、彼の痩身ではうまく支えるこ とはできなかった。 「あ」 「きゃ?」 どてん。 二人はもつれあって倒れこんだ。アリアとイリスが、なにやってるんだかとのぞきこむ。 「……あ」 ――その時、もつれあう中でバランスが崩れたのだろうか。押し倒すことになっていたオンディーナが逆に下になり、レヴァリスが反対に覆いかぶ さる形になっていた。しかも、その顔面がオンディーナの双丘の谷間に埋もれている。 「……さ」 アリアはその時、冥府から響きわたるかのような底冷えのする声を、となりから聞いた。 「さいてっ! レヴァリス!」 叫ぶと、脱兎のごとく勢いでイリスは駆け去っていた。 「い、イリ…うわっ!」 慌てて誤解を解こうと追いかけるレヴァリス。が、それを下にいるオンディーナから突き飛ばされて、背後にあったテーブルを巻き込んで崩れ落ち る。 オンディーナは自分の胸を抱いて、涙目を浮かべていた。 「レ、レヴァリスさん……最低ですっ!」 彼女もまた、風のごとき勢いで店外へと出て行った。 あとには、呆然とするアリアと、テーブルにつっぷしたままのレヴァリス。 「……あいや、レヴァリスさん、災難ですね」 「………」 「大丈夫ですか? 今、ヒールをかけますから」 「い、いえ…いいです」 レヴァリスは、木の床にしりをついて、したたかに打ちつけた頬をさすった。そこに、アリアは必死になぐさめた。 「まぁ、人間運が悪いときはありますよ。こういうこともあります」 「いえ…いいですよもう…。…また、イリスを怒らせちゃったな…」 「まぁ、なんとかなりますよ。……イリスさんがだめでも……私が……」 「あ、それだけは勘弁してください」 ゴスッ 夕暮れ時、カラスも自分のねぐらに帰るころ。枝路地の宿屋の持ち主もまた、食材をつめこんだ袋を持って自分の宿へと帰ってきた。 「あかんあかん、俺としたことが食材を切らしてしまうとはなー。セルフサービスって看板立てといたけど大丈 夫 やろうか? まぁ、盗まれて困るもんはそうないんで大丈夫やと思うんやけどな…。…ってレヴァリスさん、そんなところで寝ていると風邪ひいてまうで? ……レヴァリス? レヴァリース?!」 入り組んだ路地の奥で、一つの悲鳴が響き渡った.。 |