塵 芥のアッシュ
閑話休題(イブラシル暦???年)


ラジオ
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  その日、エフィルは一人夜の街を散歩していた。

  夜の闇が周囲を包む。街を包むひんやりとした冷気は肌を包むが、逆にそ
れが、心地よくもあった。
  喰らい深遠の淵のような夜の闇も、少女にとっては脅威ではなかった。むしろ数ヶ月前まではこの闇こそが、人目を忍んで渡る彼女を守っていたものだった。
  今も、それは大きくは変わっていない。
  彼女は、街灯の明かりの届かぬちょっとした路地に入っていった。通常な
らば、幼い少女が入るような場所ではないが、空を飛べて逃げることのできる彼女はさほどの警戒心も抱かずに足を踏み入れた。
  あるいは軽率な行動だったのかもしれないが、その日は、幸いにも少女はなんの危険にも会わなかった。かわりに――

「… なにこれ?」

  少女は路地の片隅で、奇妙な銀色の箱を見つけた。



「ラ ジオだな」

  エフィルが部屋に入るなり、その手に握られた銀色の箱を見て、アッシュが声を上げた。

「ど うした? ずいぶんと旧式のようだが」

「拾っ た」

 
エフィルはそっけなく答えてから、 訊ね返す。

「ラ ジオって、なに?」

  アッシュは、ん、と一度うなずくと、取り出していた短剣を鞘に戻し、エフィルの手からラジオを拾い上げた。そしてかすかにスイッチなどを操作して調子を確 かめ、呟いた。

「ダ メだ、壊れている」

「そ うなの?」

「あ あ。……本当は、流れている電波を拾ってな、声や音を出してくれるんだが…音が出ない。壊れているな」

 
コンコン、と塗装の剥げたボディを こずき、アッシュが言う。抱えられたラジオは、うんともすんとも言わなかった。
 そうやって二人、なんともなしに物言わぬラジオを眺めていると、

「直 してみようか」

 
アッシュのふとした呟きに、エフィ ルは首をかしげた。

「待っ ていろ」

 
一方的に告げてアッシュは階下に おりていった。一人残されたエフィルがベッドに腰掛けて待っていると、ほどなく戻ってきた。その手には、大きなプラスチックのバッグがぶらさがっていた。
 
何をしていたのかと聞くと、工具箱 を取りにいっていた、とアッシュは答え、その工具箱からプラスドライバーやらマイナスドライバーやらを取りだして部屋に備え付けられていたデスクの上に並 べだす。
  そして最後に、床の上に放置していたラジオをデスクの上に置いた。エフィルはそこで初めて問いかけた。

「修 理するの?」

「あ あ。試しにな」

「直 る?」

「さ あな」

 
受け答えをしながら、アッシュは大 きな体をイ スに滑り込ませ、取り出したドライバーで、まずはラジオの外周部分を固定するネジを外し出す。
  エフィルはそれに背をむけて、自分のベッドに体を横たえた。気づいたアッシュがどうした?と訊ねると、エフィルは簡潔に答えた。

「寝 るわ」

 
大きな翼が邪魔なので、必然的にう つ伏せになる。そして、彼女はまぶたをゆっくりと閉じた。



 次にエフィルが目覚めたのは、まだ夜が開けきらぬころだった。

「………」

 まだはっきりとしない視界の中で、目尻をかく。少し大きく伸びをし、一度翼をはためかせ る。
 そうしてから、彼女は視線をデスクのほうに向けた。

「ま だやっているの?」

 
暗い室内、小さなランプの灯り をともしながら作業をつづけているアッシュに呆れ半分に問いかけた。声をかけられて初めて気づいたのか、
 アッシュは振り返り、声を上げた。

「起 きたのか」

 
エフィルは答えずに、アッシュ のもとに歩み寄り、その手の中を見た。
  デスクの上には、大小さまざまな部品が転がっていた。エフィルが拾ってきたラジオは解体され中身の構造体をさらし、その横にはもう一台、少し新しいラジオ がこれまたカバーを外されておかれていた。

「そ れは?」

「ま だ動くラジオだ。この宿の店主に借りてきた。見本が無いと、どこを直せばいいのかわからんからな」

「楽 しい?」

「そ こそこな」

  アッシュは、言葉少なに答えた。その横顔は、夢中になっているように一心に手の中のラジオにそそがれている。

「子 どもみたい」

 
かたわらでエフィルが囁いた言葉 は、耳に届かなかったのか、それとも無視されたのか。
 アッシュは黙々と作業をつづけている。
 その光景を、エフィルはかたわらでランプの小さな灯りをたよりに、眺めている。
 やがて、外が白み始めたころに。

「で きた」

  アッシュが声を上げた。そこに胡乱気にエフィルは訊ねる。

「本 当に動くの…?」

「試 してみようか」

  アッシュはスイッチをいれ、レバーを操作する。すると、ザッザッという雑音が、スピーカーから吐き出されだした。

「ま だ壊れているんじゃない?」

 
雑音に顔をしかめながら、エ フィル が訊ねる。アッシュは答えず、レバーをさらに操作した。

――ァ イの…ザッ、今回の公演は…ザッ、ョウ…ザッ、リニ…ザザッ…

「あ……?」

「音 が出たな」

  さらに、レバーを操作する。すると、それまで雑音混じりだった音が、より確かなものになった。
 試しに、周波数を操作していく。そしてとあるチャンネルにポイントをあわせ、アッシュはラジオをテーブルの上に置いた。
 なにかのミュージックチャンネルだった。少しモノクロな音楽が、灯りの落とされた室内に、粛々と鳴り響く。
 一番目まで。

「… なにこれ」
 
じっと聞いていたエフィルは、間奏に入ったところで、声を挟んだ。

「な んの曲?」

「知 らない。ホンキートンク・ミュージックってところか」

「本 当?」

「今 考えた。だからホンキートンクなのさ」

「な にそれ」

  不機嫌に眉をひそめる。と、

「…… あ」

  ラジオが、また音を出すのを止めた。

「…… 止まった?」

 
アッシュはラジオを手に取り、ニ 度、三度、強く叩く。だが結局、再びラジ
オが調子ハズレの音を奏でる事はなかった。

「止 まったね」

「ふ む」

「ま た直すの?」

 
アッシュは答えないで、ラジオを抱 えたまま、窓へとむかった。そして、両開きの戸を開き――ラジオを、早朝の風邪が吹き抜ける外に投げ捨てた。
 どこか遠くで、ガシャン、と音が鳴り響いた。かすかな音に、エフィルは身を縮ませると、気をとりなおして、言葉をかけた。

「も う、捨てるんだ」

「あ あ。壊れていたからな」

「修 理しないの? 楽しそうだったけど」

「飽 きた」

 
にべもなく答えると、アッシュは再 びデスクに座りなおし、頭を抱えた。

「ど うしたの?」

「店 主に借りたほうのラジオを、直さないといけない」

「直 せばいいじゃない」

「面 倒だ」

 
エフィルは、呆れたような顔をし た。だが何も言わず、再び自分のベッドにむかった。

「ど うした?」

「寝 る。アッシュのせいで、夜中に起こされたから」

  不機嫌目に非難しながら、エフィルはベッドに横になった。

「……… フム」

  背後のエフィルに、そして目の前のラジオを見て、アッシュは、腕組みをしながら軽く息を吐いた。
 すでに日はのぼりかけ、あたりは青白く、遠くでは小鳥のさえずりが聞こえていた。


  その日、夜更かしをした彼らがその宿を出たのは、翌日の昼のことだった。


あとがき
  ふとした拍子に思いつき、書いてみたもの。
 ザ・サードという小説があり、その短編集にホンキー・トンク・マシーンというものがあります。
 あちらとこちらではキャラが180度違いますが、似たような雰囲気を作れないかと試してみました。

>ちなみに、投げ捨てたラジオはこの後スタッフがおいしくいただき ますた。


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