白刃が迫る。
 
闇夜に軌跡を投じる白い斬撃は、とっさに身をひねった私の腕を浅く切り裂いた。
その切れ味が鋭利で、かすかに破れた服の隙間すきまか ら、結合を失った私の
 
体がこぼれ落ちる。
 
「くっ――エフィル!」
 
敵の背後にまわっていたエフィルに声を発した。それに呼応して、エフィルは空
 
を滑空。地面すれすれをとびながら、大鎌を振りかぶる。
 
その鋭利な刃は敵の腕を切り裂くが、それでも奴にたじろいだ様子はない。
 
背後のエフィルを軽くねめつけた後、動じた風もなく、盾と片手剣をかまえる。
 
その動きには、隙がない。
 
私はただそいつと対峙しただけで、今まで感じたことのない凄まじいプレッシャ
 
ーを感じていた。
 
この、なんとも例えようの無い重圧。
私は湧き上がる戦慄せんりつとともに、その者 の名を呼んだ。
 
「これが、ハナゲソルジャーJr.……!!」



塵芥のアッシュ
第四回(イブラシル暦685年5月)
カタコンベの死闘
〜決戦 ハナゲソルジャーJr.〜




間合いをとっていたと思っていたハナゲの姿がかすむ。
そして気づいたときには、その距離が一瞬でゼロに なっていた。
 
「鼻毛一閃」
 
腰ダメにかまえた中から放たれる、居合いの一撃。
 
神速の一撃はただ残光とでしか、その太刀筋を見極める事はできず、
 
気づいたときには、私の胸は真一文字に切り裂かれていた。
 
「む……!」
うめく。私の唯一自慢できる頑丈がんじょうな 体がほころび、粉末が周囲に飛び散った。
 
やはりこのハナゲ、ただ者ではない。
 
槍をふりかぶってニ連突き。さらにタイミングを合わせたエフィルの大鎌が
 
背後から襲うが、それをくらってもハナゲは動じた風もなく、剣を叩きつけて
 
くる。
 
「こいつは……強敵だな」
 
自然、私の口元に不適な笑みが浮かんだ。
 
久し振りに、熱くなれそうだった。



剣と槍が拮抗きっこうする。
激しく打ち合う剣戟けんげきが、追 鐘ついしょうのように木霊こ だまする。
 
刃と刃が打ち合う拍子に火花が散った。
 
すでに何合目かはわからない。
 
時間の経過すら希薄だ。ごく短時間のような気もするし、
 
すでに膨大な時間、経過したように思える。
 
ハナゲソルジャーJr.は、強敵だった。
 
「鼻毛一閃」
「鼻毛の衝撃」
「鼻毛の嵐」
「鼻毛神拳」
 
どれもが一筋縄ではない技のオンパレードであり、その技の凄さは
 
他に例えようもない。
 
そして「真・鼻毛千本抜き」。
 
湧き上がる悪寒によって、その発動を全力で阻止したが、もしあれを
 
くらっていたとすれば私は今ここに立っていなかったのかもしれない。
 
いや
 
まだ戦いは終っていない。


 
腰だめに槍を構え、体重をのせる。
 
鞘に戻し、足で地面を噛みしめ腰を沈める。
 
遠心力をもって放たれた二つの刃が交錯、激突。
 
夜陰に火花が散り、大気が震え上がる。
 
私とハナゲの体はその衝撃に弾き飛ばされ、地面をすべった。
 
二人の間に若干の距離が開いた。
 
と、
 
ザワリ。
私の背筋を、冷気がいずった。それと同時 に、ハナゲの姿が
かすみとなって消える。
 
――鼻毛神拳究極奥義
 
「っな?」
一瞬で距離をつめる。私の視界を、真っ暗な深淵しんえんの 鼻の穴がおおった。
その手が、妖しくうごめく。
 
――鼻毛百烈拳!!
 
「ぐぁあああああああああああああ!!!!!!!???」
 
視界がフラッシュする。凄まじい連撃に私の体がボロ屑のように
 
舞い上がった。
 
ドサリ
 
「ぐぅ……!」
 
地面に叩きつけられる。私は背中を貫く痛みにうめいた。
 
それでもなんとか起き上がったが、自分でも何が起こったのかはわからない。
 
あの瞬間見えたのは、5発の拳(?)だろうか。いや、あるいはそれ以上かも
 
しれない。
 
「鼻毛神拳……恐るべし」
 
肩を上下させながらうめく。ハナゲソルジャーJr.は動きをとめ、動揺していた。
 
私が立ち上がったことに驚いているのだろうか。
 
ならば好機と、私は距離をつめ、槍を放った。
 
それを受け止めたハナゲは、不意にハナゲをフンと揺らした。
 
と、突然、Jr.とよく似たハナゲが現れる。
 
どことなく、後から来たほうがやや老けて見えるような……
 
あれが、Jr.の父親、ハナゲソルジャーか。
 
「仲間を呼んだのか……」
 
私は少し気分を害した。勝負に水をさされた気分だった。
 
「この卑怯者!」アッシュはエフィルの存在をたなに上げている
 
そういって、剣をまじあわせるJr.に言葉を叩きつける。
 
すると、ハナゲソルジャーJr.は、首を横に振ると、真っ赤な唇から、言葉をつむいだ。
 
「違うわ。あれは、アタイのパーパ。」
 
「パ……パ?」
 
「ダーリンに挨拶してもらおうと思って」
 
その言葉と共に、Jr.が、唇を突き出してきた。
 

「アタイって、強い男好きよん」
 

真っ赤なルージュがはられた唇が、眼前に迫る――




ブチュウ



















視界を光が瞬いた。
 
思考が 一瞬ストップする。
私はそのひとつまみの刹那せつなに、悠 久ゆうきゅうと きの流れを見た。
 
海中の泡から生まれた微小なプランクトンが、やがて植物となって海中の岩に根を張り
 
そして鱗を持った魚となって、初めて日光降りそそぐ地上へと足を踏み入れる。
 
やがては地上を闊歩する恐竜が生まれ
 
我ら人が生まれる。
 
クロマニョン人からネアンデルタール人へ。
旧人から新人へと、私達ホモ・サピエンスの悠久ゆうきゅう系 譜けいふが、宇宙という
 
一つの壮大なスケールの中で、刻一刻と刻まれる
私はその至高の奇跡きせきを、この光の中で見 た――











 

「ア、アッシュ……大丈夫?」
 
エフィルの言葉にハッとする。そして私は立ち上がった。
 
「い、今、何が……?」
朦朧もうろうとした意識で、頭を振った。なぜ か記憶がうろ覚えだ。頭を振ってたずねると、
 
エフィルは静かに首をふった。
 
「思い出さないほうが、いいと思う……」
 
エフィルの言葉。
 
…なぜか、私も心の内でそんな気がしてくる。
 
「……で、奴は……?」
 
「満足して帰ってった。ただ……」
 
エフィルは、視線を一方に向ける。
 
そこには、取り残されたハナゲソルジャーが、いまだ立っていた。
 
「『パパに挨拶していって』、だって……」
 
「……奴が言ったのか」
 
私はうめく。そして、ハナゲソルジャーを見る。と、その剣を握る右腕が、
 
ワナワナと震えているのに気がついた。
 
「なぁ、なんだか、かなり怒っていないか?」
 
「………知ら、ない。……アッシュがハナゲとキスしてから……あ」
 
「キス?」
 
「……忘れて」
 
彼女には珍しい必死さで首をふりながら、エフィルが否定した。私は
 
凄まじい頭痛とともに悪寒を感じ、思い出さないことにする。
 
「で、奴とも戦わないといけないのか……?」
 
「……多分」
 
と、私達の会話に反応するように、むこうも一歩、足を踏み出した。
 
手の震えは、激しさを増していた。緩んだ剣の留め金がカタカタとなり、微細な
 
振動で切っ先が何本にも見える。気づけばなぜか足も振るえ、さっきから墓石の
 
上で情熱的なタップダンスを刻んでいた。
 
と、そのハナゲが、押し殺した声で言葉を紡いだ。
 
「……貴様に、わかるか?」
 
「……?」
 
「三年前に家を飛び出していった息子が、娘になって戻ってきた心境が」
 
「……は?」
 
「ただ……ただ、無事で帰ってきてくれればいいと思っていた。帰ってきてくれ
 
るのなら、私の腹巻にお茶をこぼしたのは水に流してもいいと思っていた。
 
…だが、だがなぁ!」
 
「お、おい何をテンパって……?」
 
「だからっ て 切っちゃうことはないだろおおおぉぉぉぉ!!」
 
展開についていけず叫ぶが、ハナゲは聞く耳がなかった。
 
絶叫と共に踏み込み、刃を放ってくる。
苛烈かれつな一撃に私の腰が沈んだ。
 
「そりゃ、わがままな振る舞いに、娘を生めばよかったんだと言ったさ!? サチコ
 
にもなんで男なんかを産んだんだ、なんで二丁目の林さんのような鼻毛の立派な子
 
を生まなかったんだってあたりちらしたさ!! だけど、だけどさぁ! いいと思
 
ったんだよ、息子で! それでも戻ってくれればいいと思ったんだよ! だって結婚
 
すれば血のつながっていない娘ができるじゃん? ってさあ!!」
わめき散らしながら剣が縦横無尽じゅうおうむじんに 舞う。

「それなのになんで男をつれてくるんだよぉおおおおおお! 風呂場で『お養父とう様、 お
 
背中お流ししましょうか』って展開はなんでないのさ! 返せ俺のパラダイスッ!」
 
知るか。
 
「貴様なんか……貴様なんか……!」
 
感極まったのか、ハナゲは鼻汁をブワリとあたりに撒き散らした。
 
「……殺 し て や る ぅ!」
 
鼻汁をぶちまけるハナゲは、半狂乱でわめき散らした。
 
「返せ、我が息子! あい・らぶ・まい・さああぁぁぁんん!!!」
 
――必殺!鼻毛千本刺し!!
 
ハナゲは、大技を放つためか構えをとる。そしておもむろに、自分の
 
鼻毛を抜きさった。
 
ブチブチブチィ
 
あたりに悲痛な音が木霊する。そして、うずくまるハナゲ。
 
「は、鼻がひりひり……」
 
「いや、それはまぁ……」
 
気の毒に思えて、私は顔をしかめた。
 
しかしそれにもめげず、ハナゲは顔を上げる。
 
「気をとりなおして……ぷぎゃっ」
 
だが、あまりにもその後頭部の踏み心地が良さそうだったので、
 
つい私は、履いていた靴の底で踏み抜いてしまった。
 
何かがつぶれる音とともに、ハナゲの顔面が腐葉土に埋もれた。
 
その拍子に、手に握っていたハナゲが、あたりに散らばる。
 
「あ、詠唱妨害成功」
 
暢気につぶやくのは、宙を飛んでいるエフィル。だが、つっぷしたハナゲは、
 
かすかに肩を揺らしていた。
 
そしてガバッと起き上がり、自分の頭を抱え、
 
「――わ、私の自慢の鼻毛がああああぁぁぁ!」
 
と、悲痛な叫び声を上げた。
 
その絶叫たるや、うるさくてかなわい。
 
「……うるさい」
 
耳をふさぎ、エフィルも不機嫌そうにつぶやいた。
 
と、床にかがみこんでいたハナゲが、突然、ゆらりと立ち上がった。
 
「貴様……なんか」
 
怨念のこもった声で、ハナゲはつぶやいた。
 
「貴様の鼻毛なんか、私が全部抜いてやる……!」
陰湿な、まるで黄泉よみ)の底から響きあがるか のような声だった。
 
「死をもってつぐなえ!我が鼻毛に!!!!」
 
――必殺!鼻毛千本抜き!!
 
ハナゲは、大技を放つためか構えをとる。その指先が妖しく蠢く。
 
だが、私は首を振った。
 
「いや 私は鼻毛生えていないのだが」
 
「は?」
 
構えがピタリと解ける。ハナゲの詠唱妨害に成功した。
 
「な、なにを馬鹿なことを! 仕切りなおしだ!」
 
――必殺!鼻毛千本抜き!!
懸命けんめいに も再度構えを持 つ。私は一度嘆息して、フードを外してみた。
 
「そんなに信じられないなら……ほら」
 
ハナゲは、先端のハナゲ・レーダーで私の顔を見た。そして頭を抱えて
 
のたまった。
 
「ノゥ! ハナゲガ ナイネ!」
 
「なぜカタコト…・・・?」
 
「コレジャ スキルガ ハナテナイヨ! ギブ・ミー・チョコレート!」
 
「意味わかって言っているか?」
 
冷ややかな問いにも、やつは聞こえたそぶりをみせない。
 
散々、何事かカタコトでわめきちらしかと思うと、やがて疲れたのか、
 
鼻の上の汗をぬぐう。
 
なぜか荒く肩が上下している。
 
「まさか……我が最高奥義が破られるとは……」
 
「いや、そんなに疲れられても……」
 
「そこまでやるとは……ふふ、これは私も認めなければならないのかもな」
 
「……なにを……?」
 
「ふー、そうだな。…息子がいかに娘となっても、私の子には違いないものな……。
 
私はなんと、小さなことにこだわっていたのだろう」
 
「……あー、そうか」
 
私はどっと脱力した。一人晴れやかな顔を浮かべるハナゲに、気づかれないように
 
退散しようと背をむける。
 
その肩が、むんずとつかまれる。
 
「私の奥義を破った君になら、安心してまかせられるよ。娘を頼んだ」
 
鼻汁にまみれた唇が迫る――





 
ブチュウ




























ここで日記はとぎれている。
































ハナゲソルジャーJr. は経験値を 1000 奪った!
ハナゲソルジャーJr. はレベルアップ!
ハナゲソルジャー は経験値を 1000 奪った!
ハナゲソルジャー はレベルアップ!
Ash は経験値を 2000 奪われた!
Ash は 3696 の経験値と 0 シリーンを獲得
Ash はレベルが上がらなかった……

あとがき
現在イブラシル暦685年5月。
季節は春。
恋と変人の季節です。
>って、ずっと4月だと思っていたよぅ

_| ̄|○モゥダメポ



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