塵芥 のアッシュ
第一回
塵 芥のアッシュ・序章・(イブラシル暦683年9月)



なぜ私は生きている――?


 死へとい ざなうはずの闇から目覚めて、私は自問した。周囲を見渡 せば、堅牢けんろうな石造り
の壁は崩れ落ちて焼け焦げ、私とおなじ無残むざんな 姿で立ち尽くしている。
 私の記憶がただしければ、私はこのとりでと ともに紅蓮ぐれんの炎に焼かれたはずだった。


 私は灰色かいしょく騎士団という 騎士団に身をおく騎士だった。他の団員達と共に、海岸沿い
にあるこの砦の警護けいごをしていた。
  そこに、バルバシアの軍勢 が攻めてきた。
 今まで斥候せっこう隊ばかりを 放っていたバルバシアだが、この時ばかりは重装騎兵や機
 
械兵 など、それなりの装備をそろえた軍隊だった。
  そしてバルバシア軍は宣戦せんせん布 告ふこくもそこそこに砦に攻め入った。彼らの数は、軍と呼ぶ
にはいささか少数であったが、私の身をおく灰色かいしょく騎 士団はさらに小規模しょうきぼ。砦があるとい
う利点はあってもやがてはその数に圧倒あっとうさ れ、砦内に踏み込まれた。
 
  そこで私は胸に槍の一撃を受け、力尽きたはずだった。


 
  廃墟の中立ち尽くす私はふと、自分の体を身下ろした。私はすでに、自身の異様な姿
 
に気づいている。
 
  どうやら炎に巻かれたらしい私の体は完全に焼け落ち、体の組織は全て灰と化してい
 
た。
 
  だがそれでも、どうやら私は――私の意志は、この世界に存在しているらしかった。


  アンデット――なのかもしれない。邪法じゃほうや 強い未練みれんによって死してなお現世にとど まり
徘徊はいかいする生きるし かばね。私はどうやらそれ になってしまったようだ。

だが何故な ぜ

 アンデッドとなるのは、何かの邪法じゃ ほうにかけられた時や本人に強 い未練みれんがあった場合と
聞く。
もしかしたら、バルバシアの兵士が私の屍骸しがいに 対し、なにかそういった類の邪法じゃほうをか け
 
たのだろうか。だがならばなぜそれが私なのか、そしてその私をそのまま放置していく
 
のか、説明がつかない。

 ならばこの世に未練み れんが、私にはあるのだろうか。


 
……思いつかない。
 
  私は死んだ。仲間達を誰一人として救えなかった。
 
  だがそれはもうどうしようもないと思う。全ては結果だ。あえて言うなら運命。
 
そんなものだ。
 
  全ては私の力不足のせいで、あとは運・不運の問題だ。

 私には思いあたる未練み れんなどない。なのに私はなぜ、こんな体に までなってこの世に存
 
在しているのだろうか?

 
 
――何はともあれ……一人で考え続けても仕方ない。私は砦内をまわってみ た。
 
  すでにバルバシアの兵は一人もいなかった。残されているのは私の仲間達の死体ぐら
いなもので、そのうちの多くは私と同じく、炎にまかれて黒く炭化たんかし ていた。どうやら砦を
 
包んだ火はかなり強かったらしい。普段は白い石壁も、真っ黒に焼け焦げていた。
 
  そして結局、砦内を全て見回っても、どうやら生きている者はいないようだった。
 食料庫や武器庫、宝物庫もそうだ。全て略奪りゃくだつさ れ、目ぼしいものは何一つとして残って
 
いなかった。


 
  砦内を一通り見てまわった私は仲間達の死体を全て砦の中庭に移し、砦内で見つけた、
比較的損傷そんしょうが少ない青 銅製の槍ブロンズ・スピアと クロス・アーマーを身につけたうえで、その上にマント
羽織はおった。
 私の体は傍目はためから見てかな り異様に映るだろう。この国の人間が多様な人種に免疫めんえき
 
あるとはいえ、限度もある。あまりこの姿は見せないほうがいいだろう。
 私はさらに入念に服や布を巻きつけ、体の露出ろしゅつを 完全に防いだ。これでも十分目立つ
 
姿だろうが、灰のままの体をさらすよりはかなりマシだと思う。
 
  そして私は仲間達の死体をそのままに、砦を後にした。
 墓は作らずとも、あの廃墟はいきょが 彼らの墓標となってくれるはずだ。


 
  砦を出た私はディアスむきの山道を歩いていた。仲間の死体を中庭に運ぶ間に、私は
 
これからどうするかを決めていた。
 
  このような体となった私では、もう普通の生活には戻れまい。実家もそうだ。あの家庭
 
は、化け物となって戻ってきた息子を許すような家ではない。
 かわりに、私は旅に出ようと思っていた。昔あこがれ ていた渡り鳥のように、まだ見ぬ世界を
 
あちこち旅してみるのもいいだろう。
 

  そして、そんな私の当面の目標。
 

 それは私が、いまだこうして世界に存在している意味を探すこ とだ。
 
  意味など何も無いのかもしれない。私が今こうしているのはただの偶然なのかもしれない。
 
  それでもかまわない。果たして私がこうして世界に存在していることに意味があるのか――
 
そして何が成せるのか。それを探して旅するのも一興いっきょうだ ろう。

ディアスへといたる山道にさしかかった時、私は背の低い木が群 生ぐ んせいする林を 通りかかった。
 
この木には見覚えがある。たしかトネリコの木。そして別名はアッシュ(Ash)。
 
そういえば、灰を意味する言葉もアッシュ(Ash)だ。 今の私にはお似合いな木かも知れない。
 
アッシュの木は、道の左右をかためるように林立している。
 
――この光景は、そう。
騎士叙勲きしじょくんの時、先輩の騎士達が勇 壮ゆうそうにわきをかためる中、赤絨毯あ かじゅうたんの上を歩いた時を思い出す。


 
イブラシル暦683年9月。私は再び歩き出した。死してなおこの世にとどまる自分の、その存
 
在意義を確かめるために。

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