塵芥のアッシュ
第二回
 リーブルフォートへの船上で (イブラシル暦684年7月)




リーブルフォートへの船上で。



カモメが鳴いている。
船のへりから身をのりだして見れば、海面は日の光を反 射して白くか がや き、打ち寄
 
せる波が白く潮を泡立たせる。

広がる水平線は、遠く彼方か なたまでのびて、青空と交わり一体となる。

ゴルダガーディアンに負けて三ヶ月。私はイブラシル大陸の玄 関げんかん口と いう、港町
 
リーブルフォートへむかう船上にいた。
この船はディアス帝国が用意した船で、積荷つ みには主に交易品だ。ただし それと共に
 
数多くの冒険者をのせている。
バルバシアからの来襲を受けて、ディアス帝国は冒険者を広くつ のり、 その冒険者
 
達にイブラシル大陸行きの船を無料で出した。
そのかわりにイブラシル大陸の情報を集めて帰り、そしてバルバシア の打倒だとうと進
軍を妨害ぼうがいさせるのがその大まかな狙い なのだろう。

『自分の存在意義』を探す私は、ちょうど出航しゅっ こうするところだったこの 船の話を聞
 
き、飛び込みで乗船をした。

海から目を離し船上を見渡すと、数人の水夫す いふの中、何人かの冒険者の 姿が見え
る。私のように海をながめるもの、仲間達と 雑談をする者…様々だ。

 
と、船内への扉が大きく音を立てて開かれ、中から二つ の人影が現れた。片方は
まだ15,6といった感じのまだあどけなさの残る少女、もう一人は妙齢みょうれいの 背の高い女
 
性だった。
 
少女の方は一直線にこちらに走り寄ってきて、船べりにつくなり―― 吐いた。
 
船酔いだろう。彼女のように、船に酔って船上に出てくる人間は結構 いる。
 
「あらあら」
 
胃の中のものを何度となく吐き出す少女に、長身の女性の方が困った ように歩み
 
寄り、その背中をさすってやる。
 
そうこうするうちに少しは少女も楽になったようで、しばらくする と、吐くのもだ いぶ
 
落ち着いてきた。
と、その乾いたくちびるが何かをさ さやき、それに女性が耳を寄せる。

 
「……うん、わかったわ」
 
少女の言葉に女性はそううなずくと、視線をこちらにむけてきた。見 つめられて、 私
 
はかすかに首をかしげた。
 
「あの……よければ、この子のために水をとってきてはくれません か?」
 
「ん……?」
 
「私はこの子についていたいので」
女性はそう真摯し んしたずね てきた。
 
「…わかった」
 
私は小さくうなず き、船室の方へとむかった。

 
「ありがとうございます」
 
ほどなくコップ一杯の水を手にとって戻ってくると、女性はそう言っ て受け取り、少
 
女の口元にふくませる。少女はもごもごと小さく口を動かし、「あり がとう」とつ ぶや
 
いた。その横顔はまだ青冷めていて、つらそうだ。
 
「……コップ一杯程度では足りなかったかな」
少しの悔恨か いこ んをにじませてつぶやく。
 
「今度は水差しを借りてこようか?」
 
提案すると、「アゴニー?」と女性が少女にたずねるが、少女は小さ く首をふり、
 
「もういい」と返す。女性のかわりに私は短くうなず き、少し二人の様子を見比
 
べた。第一印象からそうだったが、対照的な二人だった。
少女の方はあ ざや かな赤毛が印象的で、今こそ憔悴しょうすいし ているものの、そ の横顔に
生来せいらい爛漫ら んまんさが見える。

対して女性の方は、青色の長い髪が印象的で、落ち着いた雰 囲気ふんいきた だよ わせてい
た。年相応としそうおうなのかもしれないが背 の低い少女に対して、こちらは女性にしては少
 
し身長が高いように思える。
 
二人とも軽めのクロス・アーマーを着こんで、少女は腰に短剣を、女 性は長剣を
さしていた。おそらく冒険者。一見すると、二人の容姿ようし荒 事あらごとや長い旅には似合
 
いそ うもないのだが、彼らはえてして見かけにはよらないものだ。外見で彼女らを
 
甘く見るのは失礼だろう。
 
「……う〜…」
 
と、少女の方がうめき声を上げた。その少女の顔を見て、私は思い出 す。
 
「そうだ」
 
「え?」
 
「酔い止めの薬は飲んだか?  船員に頼めばくれるらしいのだが」
 
「いえ……まだ」
 
「ならとってこよう」
 
私はそう言って、再び船室の方へとむかった。


 
夜がやってきた。
気づけば船上にいるのは私と水夫す いふぐらいのもので、あとは全員船内に 入っていっ
たようだった。私は六 時中ろくじちゅう海面をのぞいていたの だが、気づいた時にはもう
暗くなって海と空のさかいがうまく見て取れ ない。そんな 時間までぼうっとしていた自
 
分に苦笑して、私は船室に戻ることにした。
 
船内への扉をくぐり、まずたどり着くのが食堂だ。船旅に早くも飽き て、暇をもてあ
 
ました多くの冒険者がここに集まっている。
 
おまけにディアス帝国からのは からいで、質は悪いが酒は全て無料と なっている。タ
ダ酒を飲めるとあって食堂はかなりの盛況せいきょうを 見せていた。
 
もっとも、こんな体となって酒が飲めなくなった私には関係のない話 だった。その
 
まま食堂を通り過ぎ、一つ下の階にある船室に行こうとすると、突然 呼び止められ
 
た。
 
「おーい、アッシュー!」
 
元気な声だった。振り返ると食堂のすみの席で、赤毛の少女と青色の 髪の女性
 
が座っていた。
 
「あ、アッシュさん……」
 
「こっちこっち!」
 
女性も気づき、少女はちぎれんばかりに腕を大きく振っている。私は 軽く息を吐い
 
て苦笑し、そちらにむかった。
 
「もう大丈夫なのか?アゴニー」すでに私たちは自己紹介をすまして いる。少女が
 
アゴニー、女性がルティエ。
アゴニーは私の言葉に「うん!」と溌剌は つらつとうなずき、ルティエは「お かげさまで」と
微笑ほほえんだ。親子か姉妹のような二人の間 柄あいだがらだが、血のつながりはないらしい。

 
「アッシュは何頼む? お酒?」
アゴニーが早々に聞いてきた。どうやら、私が同じテーブルにつくの は決定事項けっていじこう
 
の よう だ。「いや、いい」と、とりあえず注文だけは 断っておいて、私は彼女達のテ
ーブルのいている席についた。
 
「もう大丈夫なようで安心した」
 
「えへへ……もう大丈夫。おさわがせしました」
 
「ああ」
 
続いてルティエに視線をむける。
「あんたも肩のが おりてよかったな?」
 
「ええ」
 
私の言葉にかすかに苦笑して、ルティエもうなずいた。
 
「ほんとうに、色々お世話になりました」
 
「いや、いいんだ」
 
断ってから、私は彼女達の座るテーブルの空いた席を見る。
 
「ひょっとして、君たちは二人だけで旅をしているのか?」
 
「ええ。そうですけど?」
 
きょとんとした様子で、ルティエが訊ねてきた。「いや。……すこし 女二人旅でイブ
ラシルにいくのが意外に思えてな」というと、ルティ エはほのかに微笑びしょうを浮かべ
 
た。
 
「そうでもないと思いますけど。女一人で旅する方も意外と多いです しね」
 
「アッシュも一人旅だしねー!」
 
「…それもそうか」
 
苦笑を浮かべてうなずく。
 
「なら心配はいらないようだな。ところでー…」
と、私はその後、他愛た あいもない雑談をした。この数ヶ月、街におりたの は数えるほど
 
しかなかったので、こういった経験は久し振りだ。や はりこんな私でも人が恋しくな
 
るのか、思いのほか二人との会話は弾んだ。
 
「…アッシュさんは、何の目的で旅をなされているんです?」
 
ふと会話がとぎれた時に、ルティエがそう訊ねてきた。
彼女もすでに 酒を飲み、やや頬が紅潮こうちょうして目がま どろんでいる。アゴニーも少量
の酒を飲み、眠くなったのか先ほどから頬杖ほおづえを ついて危なっしく船をいでいた。
 
「…旅の目的?」
 
「ええ」
焦点しょ うてんは 危ういが、口調くちょうは意外にしっかりとし ていた。「…そうだな」 私はつぶやき、
少し逡巡しゅんじゅんした。
 
「私はな、一度色々なものを失ったんだ」
 
「…え?」
 
「といっても、そう大げさなものじゃない……大げさにとらえないで くれ」
 
「…そうなんですか」
 
「ああ。そしてその時にふと思ったんだ。――いや、前からかな。 思っていたの
 
は。ただそのための踏ん切りがついたのはその時なん だ。――私は、様々 なものを
 
失った。しかしまだこの世界に存在している。そのこ とに、何か意味はあるのかと
 
ね」
 
「…意味……ですか?」
 
「ああ。少々夢見がちかとも思うけどね」
 
照れ隠しに、私は少し笑みをにじませた。
 
「失った先で、生き残って…その意味がなにかあったらいいなと思う んだ。もちろ
 
ん、そんなものはないのかもしれない。人生の意味な んて、元々あるものではな
 
く、人それぞれが自分で決めるものなんだ――とも思 うが。だがどうせ旅に出る
 
のなら、何か目的があったらいいと思ってな。それで ――……と、すまん。なんだ
 
か一人語ってしまった」
「いえ。素敵す て きだと思います」
 
ルティナはかすかに微笑んだ。
 
「――私には、とてもできません。失った上で、前をむくなど…」
「いや。――私は薄情は くじょうなのかもしれない、とは思うんだ。……仲間達 を死なせて、
私だけが生き残って、それなのにろくに供養くようも しな かったのだし…」

包容力ほうよう りょくのある彼女の雰 囲気ふんいきにおされ、私は次々と女々め めしいことを口にし ていた。気
づいて顔を上げると、やや唖然あぜんとした様 子の、ルティエと目があった。
 
「……お仲間を、失われたんですか……?」
 
「……? ……ああ」
私は、少しのいぶかしみをに じませて、うなずいた。彼女の声が、どこ か震えていた
のを感じたからだ。そういえば、どことなくほおしゅが ひき、少し青ざめているように
 
も見える。
 
「……どうかしたのか?」
 
「……いえ」
ルティエは言葉のは しにごし た。
 
「気にしないでください。…と、あら……」
 
彼女の視線の先を見ると、さきほどまでは船をこいでいたアゴニー が、今は完全
にテーブルにつっぷし、かすかな寝息を立てていた。 とうとうえられなくなって寝
 
たらしい。
 
「…そろそろ寝かせてやらないといけませんね。お開きにしましょう か?」
 
「ああ、そうだな。部屋まで運ぼうか?」
 
「いえ、大丈夫です。…アゴニー」
 
「う…ん…むにゃぁ」
 
変な鳴き声で鳴いて、アゴニーはしょぼしょぼとした目を開く。そし てルティエに支
 
えながら、自分の足で立ち上がった。
 
「それでは」
 
「ああ。気をつけてな」
 
「はい」
 
「…ばいばーい」
 
最後に手をふって、わかれる。彼女達の姿が食堂から消えてしば らくして、私自身
 
も立ち上がった。
 
そして私も、自分にあてがわられた部屋へとむかった。



森林の中を、三つの影が疾走しっ そうしていた。その表情は、どれも切迫せっぱ くして いた。
 
「ルティエ、アゴニー、急げ!」
 
「で、でも、アイレ達が――」
 
「あいつらはもう助からん!」
足をとめるアゴニーに、男は強い口調で言い放った。その表情には、 強いやみ
 
が見てとれた。
 
「もう逃げるしかないんだ――急げ!」
 
「う、うん…」
 
男の口調にうなずき、アゴニーも駆け出す。その先には、先行してい たルティエが
 
いた。
 
「ノイエ、アゴニー!……アイレ達は」
 
「………だめだった」
 
「…!…そう…」
 
「ルティエ、お前も急げ。もうすぐあいつらも追ってくる」
 
「…わかったわ」
かすかにう れい を帯びながらも、ルティエはしっかりとうなずいた。
しばし、併走へ い そうして森林の中を駆ける三人。その後ろでは、いくつもの 足音が、少し
 
ずつ、だが確かに近づいていた。
 
「ノイエ…近づいてきているわよ」
 
「…わかっている」
 
ルティエの言葉に、男――ノイエはうなずいた。
 
「……だめだよ、逃げ切れないよ!」
さらに間近に迫ってきた無数の足音に、アゴニーが切 迫せっ ぱくした声を上げ た。ノイエ
は小さく歯噛はがみし、息を吐いた。
 
「――ルティエ、アゴニー」
 
「……なに?」
 
「これから何が起こっても、決して振り返るなよ。最後まで走りき れ」
 
「……ノイエ、何をするつもりなの!?」
 
アゴニーがたまらず声を上げるが、ノイエは語らなかった。そして、 最後に「ルティ
 
エ! アゴニーを頼んだぞ!」と叫び――足をとめた。
 
「きやがれ、野郎ども! このノイエ様が相手だ!」
大声を張り上げ、剣を抜刀ばっ とうする。そして雄叫おたけび を上げながら、ノイエ はむらがる敵
 
陣のただ中へと切り込んだ。
 
「ノイ…ッ」
 
「だめよアゴニー!」
 
立ち止ろうとするアゴニーの腕をつかんで、ルティエが必死にアゴ ニーの体をひき
 
ずった。
 

「立ち止ってはだめ!」
 
「でも、ノイエが…! ノイエは、ルティエの……!」
 
「だめなの!」
そううっ たえ る彼女のひとみのはしには、かすかな涙が浮 かんでいた。
 
「立ち止っては、ダメ!」
それもで歯を食いしばり、彼女は駆け続けた。アゴニーもく ちびるをかみ、 足に力をこ
 
める。
 
最後に振り返った先では、槍に体をつらぬかれた、ノイエの姿が映っ た。



 
「――ノイエッ!」
思わず叫び、アゴニーは布団ふ とんを跳ね飛ばしていた。だがそこは今まで 追い立てら
 
れて必死に走っていた森林ではなく、照明の落とされ た木造の船室だった。
 
「…アゴニー、どうしたの?」
と、となりのベッドで、ルティエが目尻め じりをかきながら、問いかけてき た。その顔を見
て、アゴニーは、ひとみにブワリと涙をため た。

 
「ア、アゴニー?」
 
「う…えっ…っぐ」
必死に嗚咽お えつを とめようとするが、おさえきれずにす。 ルティエ はベッドから
し てアゴニーをき、安心させるようにその背 をさすった。
 
「…そう…またあの夢を見たの」
 
「……うぐぅ……」
ルティエの腕の中で、アゴニーはかすかな嗚咽お えつを上げ続ける。ルティ エはその背
をなでるが、アゴニーの嗚咽おえつは中々とま らなかった。 と、二人の上のベッドで、か
すかな身じろぎと寝返りが起きる。二人がいるのは、女4人の相部屋あいべやだっ た。

 
「…外にでましょう」
背中をさすり、服のはしでアゴニーの目尻め じりをぬぐいながら、ルティエ はアゴニーを
 
外に連れ出した。



ぐがぁー、ごぉー
 
「…とんだ奴と相部屋になったな」
私は終始しゅ うし響 く盛大せいだい寝息ね いきに、辟易へきえきと ため息をついた。
わ たし用 にあてがわれた部屋は、ベッドが四つあるわりに、使うのは私と もう一人だ
 
け。部屋を広く使えると喜んでいたらこの寝息――は められた。
食べ物をとる必要はない私だが、なぜか休憩きゅ うけいは必要とするので、これでは少々
 
困る。
……肉体的にだけじゃない、精神的にも。
あまり弱音を吐きたくないが…正直勘弁かんべんし てくれ。
ともかくこのままではとても眠れそうにない。気 分転換きぶんてんかんにと、私は 少し夜風よかぜに当 た
 
ろうと思って部屋を出た。
 
「――ルティエ?」
 
「……あ、アッシュさん……」
部屋を出てすぐ、見知った顔が目についた。木製の廊 下ろ うかで立ち尽くす ルティエの
 
腕の中には、アゴニーもいる。
 
「…泣いているのか?」
ルティエの腕の中で上げるアゴニーのかすかな嗚 咽お えつたずね ると、ル ティエは無言
でうなずいた。そして鎮痛ちんつうな顔で、 「時々、あるんで す」とだけ言った。

 
「……少し、外に出てはどうだ? 夜風に当たれば少し気分転換になるかもしれな
 
い」
 
「…はい」


甲板こ うばんの すみ。水夫達も近寄らないところまでルティエ達を連れてきた 私は、彼女
 
達の姿をふりかえった。
 
ここにくるまでにアゴニーも少しは落ち着いたようで、時々肩をふる わせるだけで
 
すんでいる。
 
「時々、あるんです」
 
しばし無言で待っていると、ルティエの方から口を開いてくれた。
 
「ふとした時に、昔の仲間のことを思い出して。そして、今みたいに 涙がとまらない
 
ことが……」
 
「……昔の仲間?」
 
「はい。――死にました。バルバシアの兵士によって」
 
「…! ………それは」
 
私は、彼女の言葉に反射的に言葉を失っていた。それに気づいている のか、い
 
ないのか。
彼女は、淡々たんたんと言葉をつむぐ。
 
「あの日……ゴルダ鉱山付近の山道を旅していた私達は、そこでバル バシアの
哨戒しょうかい中の部隊と遭 遇そうぐうしました。そこで追い立てられ… 私とアゴニーはなんとか逃
びられましたが、他の四人の仲間達は、 皆…」

 
「………」
 
目をふせて語るルティエ。私には、彼女にかける言葉が浮かんでこな かった。
 
「この子は……その時のことを、時々思い出すんです。そして、今日 みたいに。
 
…やっぱり、旅に連れて行くのには、はやすぎる年 だったのかもしれません」
「旅………そういえば……まさか君たちは、その仲間達の仇 討かたきうちのた めに――」
 
「……そうだよ」
押し殺した声で肯定こ うていしたのは、ルティエの腕の中のアゴニーだった。
「あたしたちは、ノイエ達の仇討か たきうちをするためにこのイブラシルまで やってきたん
 
だ」
それは、普段の陽気よ うきな彼女からは想像できない、ドス黒さを含んだ声 だった。そ
 
んな口調で彼女が話をしてしまうことに、私は胸をつ かれる想いがした。
 
「ノイエ達を殺した奴らを……あたし達は、絶対に許しはしない!」
そういって、アゴニーは船の欄干ら んかんに拳をふりおろした。彼女の小さな 拳が、木製
さくをミシリと揺らす。
 
「…アゴニー…」
 
「…ごめん、少し取り乱した。一人で落ち着いてくる」
 
アゴニーはそう言うと、その場から一人立ち去り、夜陰に消えた。甲 板のどこか
 
か、船内のどこかか。ともかくその場には、私とル ティエだけが取り残される。
 
「……アゴニーは、昔の仲間達によくなついていましたから……それ にあのとお
 
り、まだ若いときだったので…」
 
「感情がうまくコントロールできないのか……」
 
「はい」
ルティエはうなずいた。そして言葉をし ぼり出すように、言葉をつむい だ。
 
「私たちも……アッシュさんのように前だけを見て歩けたら……」
 
「…え?」
 
「……でも、ダメなんですよ。私達は、忘れることができないんで す」
 
ルティエはそう言うと、私にむかって左手の薬指を開いて見せた。そ こには、銀色
 
のシンプルな指輪が一つ、はめられていた。今のタイ ミングで見せるという事は、
 
おそらくその仲間達の中には、彼女の……
 
「私達は、過去を断ち切れないんです……」
そう、淡々た んた んと告白をする彼女。――アゴニーのように直接憎しみを吐 き出すことは
 
せずとも、おそらく彼女も、いやあるいは、アゴニーのものとも比 べ物にならない、
複雑な 感情が渦巻うずまいているのかもしれない。バ ルバシアに対する憎悪ぞう お、ア ゴニー
の保護者としての責務せきむ、そしてその他、 様々な感情が。

仲間の死をしっても、さほどの感慨か んがいも浮かばなかった私には、彼女の その胸のう
 
ちは想像することもできない。
 
だが、できることなら――彼女のその胸の重荷を、少しでも取り外し てあげたいと
 
思った。だから私は、すべてを伝えることにした。
 
「……私の仲間もな、バルバシアの奴らに殺されたんだ」
 
「え……?」
 
「私は元騎士で、仲間達とともにとある砦の警護をしていた。だがそ こがバルバシ
 
アの奴らに襲撃されてな。…私以外の者は、誰一人と して生き残らなかった。
 
…いや、本当は、私も」
私は腕の布の一端いっ たんに手をかけた。そして「驚かないでくれよ」と言っ てから、その布
 
をほどいた。
 
「……っ……これは……」
 
「灰だ。私の死体は焼き尽くされたはずなのだが、見てのとおり灰だ けとなって
 
も、まだ動いているんだ。アンデッドのようなものら しい」
 
「………そんな目に……」
 
淡々と呟く私に、ルティエは言葉を失っていた。
 
「ああ。…だが私は不思議と、彼らを憎んではいない」
 
「………」
 
「彼らも軍人として上の命令があったのだろうし……彼らにも家族が いる。……い
 
や、そんなのは建前だな。私は、仲間達の死にも、そ れほど悲しめなかったん
 
だ。…残念には思うが、死んでしまったのでは仕方ない、と。……私 はやはり、薄
 
情なのかもしれない」
 
「……アッシュさん……」
「仲間達の死をそこまで悲しめる君を、少しう らやましく感じるところも ある。……本当
 
は、こんなことを言ってはいけないのだろうが……」
 
「いえ……私も、アッシュさんのことを羨ましく思えることもありま すから…おあいこ
 
です」
 
「そうか」
 
私は声に若干の笑みを含ませて応じる。
 
それから私とルティエの間には、しばしの空白が浮かんだ。その間に 私は思考を
まとめあげ、稚拙ちせつながら、彼女に言って みた。
 
「それでも……あるいは、いいのだと思う」
 
「え?」
復讐ふ くしゅうに しか生きられないのだとしても…仕方ないのだと思う。たし かに、復讐ふくしゅう
 
何も生み出さない。だが、人の心はそう思い通りには ならない」
 
「……」
 
「復讐に生きるのは、悲しいと思う。だから、できれば別のもののた めに生きては
 
欲しいが………すまない、言葉がうまくまとまらない」
 
「…いえ。おっしゃられることは、なんとなくわかりました」
 
「そ、そうか」
 
私は少し自信がなかったが、彼女が、出会ったときと変わらない、自 然な笑顔を
 
浮かべたので面くらった。
 
「ありがとうございました、アッシュさん。色々とつきあっていただ いて」
 
「……いや」
 
私は視線を落とし、首を小さく振った。私としては、あまり彼女のた めになれた気
 
はしなかったから。しかしそれでも、彼女は微笑を浮 かべていた。
 
「そろそろ、夜も遅いですし…寝ましょう」
 
ルティエはそういってきた。「アゴニーは?」と聞くと、「落ち着け ば帰ってきます」と
 
彼女は答えた。
 
そして、私達はその場で分かれた。

その後、数日間の航海こ うかいの果てに、私達はリーブルフォートの港街にた どり着い
 
た。こうしてみてみると、イブラシルの建物もアスト ローナのものとさほど変わらな
 
い。リーブルフォートは人通りの多い、中々活気のある町だった。
その波止場は とばで、 私はルティエとアゴニーに、最後の別れをしていた。
 
「お別れですね」
 
「ああ」
 
ルティエのその言葉には、短く応じた。その横では、アゴニーが顔を ふせて立って
 
いた。
 
「もう出会えることはないかもしれませんが……どうかお元気で」
 
「ああ。君たちも。……できれば、生きてまた会おう」
 
「はい」
 
「………」
 
「アゴニー?」
だ まっ ているアゴニーに、ルティエが言葉をかける。
あの夜の一件があっても、次の日には再び、元の天 真爛漫て んしんまんらん さを披露ひろうしていた。
 
だがここにきて、また口数が少なくなり、彼女は唇を強く噛んでい た。その瞳は、
 
怒っているように結ばれている。
 
…それは、涙をこらえているからだろうか?
 
私は、アゴニーの頭の上にポン、と手を置いた。そして「アゴニー、 一つ約束してく
 
れないか?」と言うと、「…ふえ?」と私の顔を見上 げた。
 
「仇討ちをやめろとはいわない。ただ、絶対にルティエを悲しませる な。それともう
 
一つ……仇討ち以外に、いくらでも生きる道はあ る。…そしてもし目の前に、その
 
道があるのなら……迷わずにそれを手にとってくれ」
 
「…確約は、できないけど」
 
アゴニーは、そう前おきをした。
 
「……その言葉は、覚えておく」
 
「そうか」
 
私は、胸をホッとなでおろす。そうまで言ってもらえたのなら、十分 だ。
 
「それじゃ、今度こそお別れだな」
 
「はい」
「君たちの旅路た びじに、幸あらんことを」
私はそういって、少し芝居し ばいがかって、印をきった。二人はかすかに苦 笑した。
 
「アッシュさんこそ」
 
「元気でね!」
 
二人はそういってくれた。私はアゴニーが突き出した拳と自分の拳を 軽く打ち合
 
わせてから、彼女らに背をむけた。それは彼女らも同 じで、彼女らもまた過去に
 
背をむけて歩いているのだろう。

 
イブラシル暦684年11月。その日、私は二人の女冒険者と出会っ た。
 
復讐を目指す彼女達に、私は何かしてやれたのだろうか。
 
とりあえず私は、彼女達の生きる先に幸があることを、切に願う。




あとがきという名 の言い訳。

 えーと、いかがでしたでしょうか。アッ シュ第二回、実質的に言 うと今回からの本番ということになる
のでしょう。
最初はアゴニーが主人公で、船旅中の間、ずっとアッ シュが彼女に振り回され 最後にホロリ、と思っていたら、
そんな時間ねぇよ! なげぇし!ってなことで、短く。
そのくせアッシュは長々と台詞を吐き、
気 づいたときには、なんだかとてもコッテリした内容になって
しまいました。

どうも、自分が書いているとこのようにクサくなるのですよ。皆さんが引かれ ないのかと少し心配
ですが、
元々自己満足のために作ったページなのでまあいいかな、と。
でも、できればそのうち、ギャグ、ほのぼの、その他色々な路線も書いていき たいと思うので、また

しばらくしたら見に来てください。その時もクサい作 品しかないかもしれませ んが。
ただ少なくとも次の作品は、使い魔アンケートのせいもあってシリアス路線です。
ギィロティンWにご注意ください。


>今欲しいのは時間と金。

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