共闘
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一陣、風が轟っと吹く。それがかすかに、かがり火の様に燃る、焚き火の炎を揺らした。
丘の上で対峙する二組の表情は、対照的だった。
襲撃者側の二人組みはやや緊張感にかけた気楽な表情だが、襲い掛かられた方は真剣そのものだ。
それもそのはず―― 一人には仲間たちに対する責務があるし、もう一人には請負人としてのプライドがある。
引くわけにはいかなかった。
「アンタ達のおかげでオレの理論はまた一つ完成に近づけるよ。ありがとう」
「どちらが勝っても、良い戦いとなる事を期待しますよ!!」
礼を言う邪の血族副長、檻馬と興奮した勢いで話しこむNo.5のクライアー。ある意味、場違いな言葉を漏らす二人に、二人も緊張をかすかに緩
め、苦笑を浮かべた。
「ふー・・・アンタらが何方さんかはよーく知ってるけどさ・・・」
ぼやきながら、櫻海は槍を構え腰を沈める。
「・・・こっちはそれどころじゃないんだよねぇ。ま、来る者拒まず、だけどな・・・!」
「さぁて…桜組任侠コンビの力、とくと見せてやろう…!」
ざっ、靴が砂をかむ音とともに戦闘が開始される。まずはアッシュが、ひときわ早く飛び出した。
右手に握ったダガーを閃かせる――と思わせて、回し蹴りをクライアー・カードにむかって放つ。がっ。と鈍い衝撃音とともにクライアーはその一
撃を受け止めるが、衝撃に動きが麻痺した。続いて闇に溶ける黒い影。
「コンビじゃなくて、トリオ……!」
不満げな声を漏らしながら大鎌を握っているのはエフィル。仲間はずれにされたことが不満なのか、大振りの一撃を檻馬めがけて放った。
「っとぉ!」
声を上げながらのけぞる檻馬。それでもまだ表情には余裕が覗いている。
「櫻海だっけか? てめぇの相手は俺だぜ?」
軽く櫻海を挑発しながら、檻馬はさりげなく地面に何かを設置した。
それを迂闊にも踏み抜く櫻海。檻馬はニヤリとする。
「さぁて新戦術! 対人戦でのアラームの威力を見てみな!」
けたたましい警鐘。響く哄笑。鳴り響く騒音に、その場の誰もが耳を防ぐ。
が。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「檻馬さん、誰もきませんよ…」
「あ、あら…?」
クライアーの冷静な意見に冷や汗を流す。そして力をためる櫻海の姿を見つけ、檻馬はハッとした。
「気
をつけろ、クライアー!」
――
櫻海は深く腰を沈め、呼気を吐く。
この脚はただ速く駆け・・・
――地面を踏みしめる足に力を込め。
この腕はただ強く撃つ・・・
――『アステリアの歌姫』を握る手に力を。
「今一度勝負だ、受けてみろ・・・」
静かな気合とともに、槍を振り抜く――誠心一斉の力を込めて。
―― 三連斬!
光芒の閃き。苛烈な一撃は三度の衝撃を与えクライアーを圧倒する。
「っぅあつ!?」
痛みに顔をしかめ、クライアーはその場に膝をついた。悔しげに口元をひきつらせる。
「っく…勝利の女神はそちらに微笑みましたか…」
負傷したクライアーは戦線を離脱する。もう障害とはなりえないだろう。
一人残った檻馬には、ほぼ同時、アッシュが迫っていた。再度右腕の短剣を囮としたところでフェイントに体を沈ませ、まるたのような硬い足を
使った足払い。声を上げて、バラ
ンスを崩し、空中に投げ出される檻馬、そこへエフィルの大鎌がひらめいた。
「…… やぁっ!」
地上と空中からの二連携。――そして三連携目、槍をかまえた櫻海が迫る。
「これで決まりだ!」
烈迅の気合とともに放たれた四連斬が、檻馬を粉砕した。
「あ
いつらに手土産ができたなぁ」
脇に抱えた宝箱を見つめ、ほくほく顔の櫻海。アッシュは苦笑する。
「タイミングがよかったな。なんであの二人が宝箱を持っていたのかは知らないが…」
アッシュは知らないが、彼ら二人はクラン全体の初級の宝箱の開錠を引き受けていた。それがたまたま巡ってきたようだった。
「ともかく私も臨時収入が手に入ったし、意外といいものだなぁ、人斬りにあうというのも」
「いやいやまったく…って勝ったからいいようなもの、負けていたら散々だったけどな」
「たしかにな。いや、勝って本当によかった」
実際、事前の予想では勝率は六割というのが共通の見解だった。――今回の勝利に運がからんでいたのは間違いない。もし最初の櫻海の三連斬が決
まっていなかったら、勝利の女神が微笑んだのはあちらだったのかもしれないのだ。
マガの二人と戦った後、二人は場所を、最初の待ち合わせの大岩の前に移していた。
「……さて、と……ここでお別れだな」
「ああ、そうだな」
約束の刻限だ。櫻海は少し顔に微笑を浮かべる。
「ちょいとハプニングに会ってしまったが、まあ楽しめたかな」
「ああ、少なくともこちらは大いに。ふふ、まさか櫻海殿と共闘できるとは思わなかった」
「こっちもな」
愉快気にもらすアッシュ。対して櫻海は、やれやれ…といった様子で肩をすくめて億劫そうに見せた。彼が切り返しに成功したのは二度目。DDD
に引き続いて二度目のPKKだ。
「それじゃあ達者で。ザナ達によろしく」
「おう、そっちもな。エフィル、じゃあな」
「………」
狐につままれたような顔でエフィルは目を見開くと、軽く会釈をした。後ろで組んだ手の指先を、所在なさげにからませた。その姿に男二人は苦笑
する。
「それじゃあ私たちは行こう。……これからカタコンベへの転送相手を探さにゃならん」
「ああ――そっちもがんばれよ」
「ああ」
闊達に笑う。こうして二人は分かれた。
「…… ふぅ、奴らとの合流まではまだ少し時間があるなぁ」
つぶやき、櫻海は背後の大岩に腰掛けた。と不意にその懐の通信機から電子音が鳴り響いた。
「ん…?だれだ?」
疑問の声を上げて、櫻海は通信端末を開いた。耳へと当てた通信機からは、聞きなれた少女の声が流れた。
『勝ったようね、櫻海』
「… イリスか?」
『真銀の庭』の“討滅の熾焔”イリス・シアリングの声だった。櫻海は手に握る通信機に意識を集中する。
「さすがに情報がはやいな」
『気にしてはいたからね。勝利、おめでと』
「ん…… ああ、さんきゅ。――俺たちは、こんなところで負けてられないからな」
硬い決意をこめて言うと、通信機の奥でイリスがかすかに笑う声が聞こえた。
『トールも倒した。そっちも今は私たちと同じ聖者の丘だね。……皆、徐々に追いついてきている。櫻海達も。 私たちもおちおちしてられない』
「そうだな。Requiemは今頃バルバシアだろうし。…そちらも着々と鍛えられているが、それを追う者達もいる。もちろん俺たちも、上を目指すさ」
――同じアストローナの冒険者たちは、決して一枚岩ではない。いや冒険者なのだから、ほとんどの者が己達のためだけに生き、競い合う。先ほど
のマガのように……そして二人のように。
『… 複雑。追ってくるのがお前たちだなんて』
通信機のむこうからか細い声が漏れる。とっさになんのことかわからず、櫻海は聞き返す。
「ん? なにがだ」
『いや。… なんでもない』
それにイリスは頑なな声をあげ、返答をこばんだ。矢継ぎ早に二の句を告げる。
『それじゃあ、対人戦お疲れ様。私たちと同じ場所に並ぶ時、楽しみに待っているよ』
「ああ。――じゃあな。期待して待っていろ」
ぴ、と音を立てて、回線が遮断された。通信機を懐に戻し、櫻海は息を吐いた。
一瞬目をつむり、何かを思う。そして目を開くと、短く、こうつぶやいた。
「…… 時間だな」
櫻海は転送の準備を開始する。
雷神洞の中に残した仲間たちを呼ぶために。
そう、こんなところで立ち止まってはいられないのだ。
オマケ
…Pirriiiiiiiiii
はい、こちら櫻海……あ、ファイスさん、今回の鍛冶武器の件はどーも…
…え、送品失敗? …こちらのアイテムが一杯?
おそるおそる、意味がないのに、恐れるかのように、自分
が抱える宝箱を見つめる。
うぁ。
小さなうめき声があがった。
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