第 九回後編(イブラシル暦686年3月〜)

指針
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  拳が 迫ってきた。その腕をとって払いのけ、アッシュはカウンターの拳を繰り出す。
 拳は鈍い音を立てて顎に命中。男がもんどりうって、倒れる。
 即座に放った蹴りが後頭部に突き刺さり、男は動かなくなった。


「ありがとうございました、ありがとうございました」
「……いや、いい」
何度となく頭を下げてくる老人に、アッシュはたじろいだように返した。だが、老人に態度を改める様子はない。
「ありがとうございました。あの、これを……」
「ん・・・・?」
 老人がそう言ってさしだしたのは、何かの紙幣だった。そんなつもりのなかったアッシュは驚き、老人の顔を見返した。
 そして、自分を見つめる老人の瞳に、怯えを見つけて、絶句した。
「……いいんだ」
 アッシュは老人の手を突っ返すと、逃げるようにその場を立ち去った。



 その後を小走りについていったエフィルは、アッシュの横に並ぶなり、声をかけた。
「荒れているね、最近」
「……ああ、少し大人気なかった。殴り倒すまでしなくても、もっと簡単に組み伏せられたものだ」
「八つ当たり?」
「……かも知れん」
 アッシュは、憮然とした声を返した。
 先ほどアッシュが町中で乱闘をしたわけは、4人組の男が老人に因縁をつけている場面を見つけ、それをとがめたところから、ケンカに発展したた めだった。とはいえ、しょせん街のゴロツキ。アッシュの相手ではなかったのだが、いつもならもう少し効果的に痛めつけ、ある程度は加減するものなのに、今 回は組み技、投げなどを一切含まない打撃のみで、加減などは一切無かった。
 頭に血が上っている証拠だ。
 原因はわかっている。この前のアイレスのことが、まだ尾を引いているのだろう。
 ――女々しいことだと思う。自分がアイレスにたいして何をしてやることできなかったことはもはや変えられないのだから。
 それでもふとした時、うまくすれば何かできたのでは、あのとき、こうしていれば――そう考えてしまう。
 早く気分を切り替えるべきだと頭では思うのだが、どうにもならない状況だった。
 ――正直に言えば、あの一件がここまで尾を引くとは思っていなかった。同時にどこかでアッシュは、そんな自分に驚いていた。
「エフィル、宿を探すぞ」
 頭をふって思考を隅へと追いやると、アッシュはエフィルに声をかけた。
「といってもこんな小さな町だからな、あまり質のいい宿はないだろうが…」
「……どうせあっても高い宿には泊まらないんでしょ?いいよ、変な言い訳してごまかさなくて」
「…お前最近言うようになったな」




「……ほらね、宿屋の質よりも値段で決める…」
 アッシュが選んだ宿屋を前にして、エフィルは深々とため息をついた。始めからこうなるのはわかっていたと。
 それをアッシュは黙殺して、宿屋に入る。
 アッシュが宿の受け付けと部屋の交渉をする間、てもちぶたさなエフィルは、ふと、待合客用にか、ロビーの隅に置かれたソファに座った青年を見た。
 青年は一人ソファに腰を沈め、ガラスのテーブルの上にカードを広げていた。そして数枚を引き抜き、また並べる。
 フードをかぶっている上、視線を手元のカードにむけていて首が下がっているため、顔は見えない。しかしフードからは、灰色の髪がこぼれていた。
「では、これが部屋の鍵です」
 そうこうしているうちに、どうやら交渉は終わったようだ。「102号室だ」と告げるアッシュにうなずく。
 そして二人は自分たちの部屋を確認しようと、宿の奥に進む。と、
「――アンデットの方ですか」
 声をかけられ、ふりむく。
 そこにはいつの間にか、さきほどまでソファカードを切っていた青年の姿があった。受け付けの女性はこちらを見もせずに、直立不動で立っている。
「…わかるのか?」
「はい。気配の質で、なんとなくですが」
 青年は答えた。色白の肌に灰色の髪。そして、灰色の瞳の青年だった。
「もしかして魔法の資質があるのだろうか」
「ええ、多少は」
 青年が答えると、アッシュは重ねて訊ねた。
「それなら、よろしければこの私の体に関して、ご指南願えないだろうか。・・・・実は私自身、この体についてほとんど何も知らないんだ」
「生憎ですが、私も魔術への素養はあまり。本職はこちらなので」
 青年がそういって見せたのは、さきほどまで扱っていたカードだった。
「・・・・手品師?」
「占い師、です」
 即座に訂正を入れた。そして青年が訊ねる。
「少しあなたたちに興味がわきました。そちらのお嬢さんもなにやら不思議な雰囲気を感じますしね。よければ、一つ占ってみましょうか?」
「・・・・悪いが、占いは信じないタチなんだ」
「タダですよ?」
「なら頼む」
 間髪いれずやりとりをする二人に、エフィルは閉口した。
(お金って、大事なんだね)



「まず名乗っておきましょうか。私の名前はヌルファス。長いのでヌルとでも呼んでください」
「私はアッシュ。この子がエフィルだ」
「では、そちらへ」
 三人は席をソファの方へと移す。
 ガラスのテーブルをはさんで二つあるうち、エフィルとアッシュは右側の同じ席に、ヌルは左側に座った。
「ではいきます」
 ヌルは宣言すると、カードをいっせいにシャッフルしだした。そしてその山からカードを4枚抜き出し、テーブルの上に広げる。
 4枚のカードを見て、しばし悩んでから、ヌルは告げた。
「これは、非常に劇的なカードが出ましたね。過去を表すのが死神、現在を表すのがペンタクルの騎士の逆位置、障害を表すのがソードの4の正位置、未来が 塔・・・・」
「カードの種類を教えられても、私たちには読めないんだが。説明をしてくれるか?」
「これは失礼しました。……タロット占いにおいて、カードはそれぞれ、大まかなことを意味します。ただしあくまでおおまかな意味しか示さないので、出され たカードからどのような運命を解釈するかが、占い師の力量を試される時です。では、結果を申し上げますね」
 ヌルは一息をついて、カードを順に指差した。
「過去にあなたは死んだ。それがあなたにとって大きな転機になったといいでしょう。続いて現在。ペンタクルの騎士の逆位置は、あなたの悩みが好転せず、遅 々として改善されない状況が続くということです。……そしてよい未来を出すための障害がソードの4……このカードは休戦を表します。戦わず休むことが、あ なたの障害となる。そしてその結果が塔……。これは積み重ねてきたものが全て水泡に帰すというもの」
「……嫌な結果だな」
「はい。それでもカードは、その事態を回避するための手段を教えてくれます。障害のカードは休戦のカード……つまりあなたは、このカードと逆のことを行え ばいい」
「逆……。休むのではなく、戦え、ということか?」
「そうです。戦いの中に身をおくことで、事態が好転する……そういうことです。もっとも、戦いが示すものは人それぞれでしょうが」
「……私の戦い……」
 なんだろうか、とアッシュは問いかけた。『何が成せるのか』を、諦めずに挑戦し続けることだろうか。ならば、言われなくても――
アッシュがそう心の中で思ったとき、ヌルが口をはさむ。
「思い浮かなければ、占ってさしあげましょう」
 アッシュの返事を待たずに、カードを切った。
「手段を表すのは・・・ワンドの5。・・・・数少ない競争を意味するカードです。そしてライバルや実りの多い仲間を表します。仲間と戦いに赴くか、競い合 うか。はたまた、別の存在と競うのか。もう一枚見てましょう。今度は、対戦相手」
 言うと、またヌルはカードを切ろうとした。と、今度はきろうとしたカードとは別に、2枚、山からこぼれた。
「おっとっと・・・・これは・・・。死神と皇帝ですね。ふむ」
 意図した結果ではないカードの目に、ヌルは興味深げにうなずく。
「どういう結果だ?」
「死や破滅を意味する死神と、積極的な姿勢が好転を意味する皇帝・・・・いえ、これはそれぞれの名をとった方がいいな・・・・つまり・・・・ふふ、面白い 運命ですね」
「・・・・・・?」
「ティターニアのオベロン王をご存知ですか?」
「ああ。カタコンベの最下層に葬られたとかいう王だろう。アンデットとして復活して最下層で暴れているとかなんとか」
「あなたのお相手は、そのオベロン王でしょう」
「・・・・なんだと?」
 アッシュが驚いた声を上げた。すぐに驚きをおさめ、胡散臭げな声をだす。
「とんだ結果だな」
「私にはそうとしか見えません。偶然に、死神と皇帝のカードが出たこと。これはつまり不死者でありながら王であるオベロンを指し示しているとか思えない」
「私がオベロン王と・・・・?」
 最下層にいるキング・オベロンは、中々の強敵であると聞く。一体に対して、数人がかりで戦いを挑むのが普通だそうだ。それでも腕の未熟なパー ティは、負ける事があるという。
「その先に何かがあるというのか?」
「はい。逆に言えば、このままだとあなたは、これまで積み重ねてきたものを失うでしょう」
「……私は、占いは信じないタチなんだけどな……」
 小さく、聞こえるか聞こえないかぐらいの声でつぶやいて、アッシュはヌルの目を見た。
「いいだろう。腕試しにはちょうどいい機会だ。占いに頼るわけでも、占いのせいにするわけでもないが・・・・そのオベロンと戦ってみよう」
 青年は感情を顔に表さず、言った。
「私は占い師。占いの結果を詠み上げるのが仕事であり、その結果からどうするかは、あなたの自由です」
「ああ」
「最後に――。ひとつ遊びをしましょうか」
「ん・・・?」
 ヌルは、カードを机の上に並べだした。
「タロットカードのうち、大アルカナと呼ばれる22枚のカードです。この中からあなたが一枚を選ぶとしたら、あなたはどれを選びますか?」
「なんでもいいのか?」
「はい。気に入ったカード、自分に最も似合ったカード、なんでも」
「なら・・・」
 アッシュはそういうと、愚者のカードを手に取った。
「愚者……ですか」
「ああ。このカードが含まれた時点で、私はこのカード以外を選ぶことはできないだろう」
「なるほど」
「何か意味があるのか?」
「いえ。ただの遊びです。そちらのお嬢さんは?」
「あたし・・・・・・・?」
 エフィルはしばし難しい顔でカードを見ると、やがて一つのカードを選び出した。
「世界・・・・ですか」
「どんなゲームなんだ?」
「ちょっとした心理ゲームですよ。内容は秘密ですが」
「おい」
「かわりにこのカードを差し上げますよ」
 青年がそういってさしだしたのは、それまで青年が使っていたタロットカード一式。
「ぜんぶか?・・・・・私は占いに頼らないのだが」
「お守りか、この機会の記念程度にどうぞ」
「・・・・まあ、そこまでいうなら、もらっておこうか。エフィル」
「なに?」
 エフィルは、受け取ったカードをエフィルに押し付けた。
「持っておくのは、お前の方が似合いそうだ」
「・・・・私が持っていても占いの仕方、わからないんだけど」
 エフィルが憮然として言うと、ヌルがコメントした。
「タロットカードには、決まった占いの形なんてありません。それぞれのやり方でやればいいのですよ」
「・・・・・・・・」
「さて、私はそろそろお暇しましょうか」
「ん? この宿にとまっているわけではないのか」
「さきほどチェックアウトを済ませたところです。知り合いを待たしているので、これで」
「ああ。すまないな」
「いえ、私が申し出たことですから。では」
 ヌルはそういうと、二人の前から立ち去った。



「・・・本気なの?」
「ああ、そのつもりだが?」
 二人きりになったとたん、エフィルのもらしたつぶやきに、アッシュはなんでもないようにうなずく。
「反対か?」
「・・・・・反対はしないけど。危ないよ」
「強敵と戦うのは、昔からしたいことだった。旅にでてから私も実力がついたし・・・・ここいらで腕ためしをしてみたい」
「・・・・・・」
「お前には関係ないんだから、ここでいったん別れてもかまわないぞ?」
「・・・・私がいないと、アッシュはただ丈夫なだけのでくの棒じゃない」
「・・・・・すまない」
「いいよ、別に。部屋、みてこよ」
 エフィルはそういうと、アッシュの前を、歩き出した。
(出会ったときは・・・私が彼女を連れて歩いていたはずだ)
 ティターニアで出会ったときから今では、彼女の口数は驚くほど増えている。
(それがいまでは、彼女の方が私を思いやる、か)
 心の中に、薄雲がかかったかのような心境。親元から子どもが離れるのと、同じ心境なのだろうか。
 いや、違う。彼女はたしかに成長した。だが、今自分が彼女にかばわれているのは、弱さを見せているせいだろう。
「もっとしっかりせねばな・・・・」
 エフィルに聞こえないようにつぶやいて、アッシュは彼女のあとに続いた。



 そのころ、宿から外に出たヌルは、とある公園のベンチで、カードをきっていた。
「――ヌルファス様」
 そんな彼を呼び止める者たちがいた。黒ずくめの装いをした、一人の女だった。
「やあ、アーイン」
「こちらで用意した宿ではなく、別の宿に泊まったそうですが・・・何が気に入らなかったのでございしょうか」
「いや、別に気に入らなかったわけじゃないよ。中々いい宿でした。ただ・・・・少しカードに、面白い相が出たので、それに従ったまでですよ」
「そうでしたか。それで、どうでした?」
 アーインと呼ばれた女は、ほっとしたような声をだすと共に、かすかに好奇心をのぞかせた。
「面白い人たちに会えましたよ。ついでに、少し利用させてもらいました」
「利用ですか?」
「大柄な男と、小柄な少女の二人連れでしたが、占いの結果を細工して、カタコンベの奥底までいくようにしむけました」
「・・・なるほど、さすがはヌルファス様です」
「彼らには、私たちの露払いとなっていただきましょう。私の魔法をかけたカードを手渡しておいたので、居場所はすぐにわかります」
「では、計画は実行されるのですね?」
「若干予定とは変わってしまいましたけどね。まあそうです。――ヴァイスとドラインに、いつでもここを発てるように準備をしておけと、伝えておいてくださ い」
「了解しました」
 答えると、アーインと呼ばれた女は、ヌルの前から立ち去る。ヌルもベンチから立ち上がると、ふと、星空を見上げた。
「愚者のカード・・・・ですか。悪いですが、彼には本当に愚か者になってもらいましょう」
 彼は不適に微笑んだ。


 翌日、アッシュは同じディアスからの冒険者と連絡をとり、転送の依頼を出して、ミレット山道まで跳んだ。


あとがき
 今回のコンセプトについて。
 基本的に塵芥のアッシュは、私の小説の技術力を上げるための練習用として、
毎回なんらかの課題を出して書いています。風景描写をうまくしろ、説明を簡単でわかり
やすくしろ、キャラの心情をうまく描け…とか。
 そしてアイレスから、これからのオベロン編までは、『精一杯書く』がコンセプトとなっています。
今までは練習のために苦手な分野の設定や話なども取り入れましたが、基本的に今回は、
もてる力を持って、時間もたっぷり使って、ちゃんとした作品を書こうと思っていきました。
 アイレス編からオベロン編までを、単行本で言うなら数巻あるAshのシリーズのうちの間の一巻、
という感じです。
 ちなみに今回登場のヌルファスのヌルとはドイツ語で0。Ashの弓を作ってくださったゼロ・ラ・ルーファスさ ん
からの命名です。ちなみに前回アイレス編のヴォルダ孤児院は、もちろんヴォルダインさん。
 オベロンにケンカを挑む前に、もう一つ長い話があります。少々だれるほど長い話ですが、Ashを書ききる
ために必要な話なので、できれば読んでやってください。

> 最近、ようやくアッシュとエフィルのキャラがつかめてきました。物語造りにおいてキャラを把握することは
物語の整合を一致させるので必要不可欠なので、いまさらはちょっと おそかったですね。

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